【Historic Bikes/HONDA CBR1000RR】バンクしている快感のために
たとえキャリアが浅かろうとトップエンドのパフォーマンスを味わってみたいという願望は歳をとるほど貪欲になる。そんなライダーに一番門戸を開いているのが最新のCBR1000RRだ。優れた車体と足まわりをはじめすべての配置や、機能が安心してコーナリングを楽しむことを最優先しているのだから。
※この記事は過去に掲載された記事を再編集した内容です。
安心できるからヤル気が起きるGPマシンでも繰り返し問われてきたこと
MotoGPでは、RC211Vがライダーを振り落とさんばかりにテールスライドするシーンがお馴染みだ。これを見て想像するのは、極限までチューンされた超パワフルなエンジンや、瞬時に鋭いリーンが可能な超軽量な車体ハンドリングは、GPライダーの研ぎ澄まされたテクニックが必要というイメージに違いない。
確かにRC211Vの猛烈なパワーは、巨大なグリップを誇るレーシングスリックタイヤでさえ常に路面を捉えることはできない。それにハンドリングも、リッタークラスのバイクにはありえないほど軽快だ。
しかし、こうしたトップエンドのパフォーマンスが、超デリケートな扱いを必要とするのかといえばそうではない。レーシングマシンを開発するエンジニアは、このウルトラパフォーマンスをライダーがいかに神経を遣わずにライディングできるか、まさにそこをメインテーマとして心血を注いできたからだ。
これがいかに重要かは、レーシングマシンの歴史が如実に物語っている。たとえば ’80年代の2ストの500ccGPマシンのパワー競争が激化するなか、どのメーカーも極端に偏ったパフォーマンスマシンを開発したことがあった。
「もっとパワーが欲しい、もっと鋭いハンドリングで差をつけたい。扱いにくかろうがそこは自分の腕でなんとでもするから…。」
果たして世界チャンピオンのイメージする要素のままに開発されたマシンは、肝心のその世界チャンピオン自身が乗りこなせず後塵を浴びてしまった。ライダーが要らないといった低中速域のエンジン特性も、実際にはコーナリング中に多用していたり、軽快でするどいほど優位といっていたハンドリングも、様々なコーナーのあるサーキットでアプローチしにくい箇所を多く残すなど大きく戦力ダウンしていたのだ。
結局エンジン特性は、高回転域で急激にピークパワーが出るのではなく、低い回転域からスムーズに繋がるもので、なおかつ開けた途端にレスポンスせずスロットル操作もデリケートさを必要としない、つまり扱いやすい特性が最も重要ということになった。
ハンドリングも軽快性が必要とはいえ、ライダーが唐突に感じるようではダメで、動きに常に安定感のある、乗りやすい特性が最も重要なことがわかってきた。
この乗りやすさを優先しなければ、天才的なライディングを披露するライダーでも勝てないという教訓は、以後GPマシンを開発するうえで大前提となっている。エンジンにしてもハンドリングにしても、乗りやすい特性であればライダーはまだまだイケると思う。そのヤル気がライディングのチャレンジ精神を搔き立てるというわけだ。
ただこういった特性は、ライダーが絶好調だとまどろっこしい印象を与えかねない。穏やかであるほど、加速したいと思った瞬間に強烈にレスポンスする過激なエンジンがほしくなり、ここぞというときスパッとリーンするハンドリングにしたくなる。それが再び戦力ダウンのスパイラルにハマるという繰り返しを、どのチームも経験してきた。
つまりライダーにとってやや暖慢と思える特性で絶妙にバランスさせるノウハウが、GPマシン開発で一番重要な鍵を握ることになるのだ。
さて、本題のCBR1000RRのハンドリングだが、ここまで前置きが長いのも、まさしくこのプロのノウハウがそのまま注ぎ込まれていて、そこが他のレプリカとの決定的な違いだからである。
コーナーを攻めて、まずオッと思わせるのはそのリーンしていく間のマナー。直立した状態から左右にレーンチェンジするくらいの動きではなんの抵抗もない軽さが、そこからのバンク角が深くなるあたりからやや手ごたえを感じるものとなる。
やや落ち着きのある動きという感じで、ヘアピンのような低速で回り込んだコーナーだと、パタッと寝てしまうことがないだけで警戒心が不要で、安心して狙ったバンク角までリーンできる。これは思いっきり責めたいライダーにも大きなメリットになる。
CBRの凄さは、この動きが速度を上げていっても変わらないところだ。常識的にはヘアピンでこうした動きをみせると、速度が高まるに連れてハンドリングが重くなる。CBRにはそれがなく、中速から高速まで同じ感覚でリーンできる。
これは車体の動きの中心となる重心位置の設定が適切であるだけでなく、フレームがコンパクトであったり燃料タンクや各補器類の形状や位置などを、運動性と常に同じにするため適切な設定としなければ可能ではない。エンジンやフレームの配置で空いているスペースを各コンポーネントが占めるのではなく、それらの重さや質量の生む慣性力まで前提に入れてレイアウトしているからだ。
さらに足まわりなどのアライメントの設定や、サスペンションの動きにも、この安定した動きを意識したトコロを感じる。フロントのキャスター角(フロントフォークについた傾斜角)を、前輪のレスポンスがよく直進性もでるやや強めにして、それが過敏にならないように大きめのトレール(前輪の接地点とステアリング軸のオフセット量)で安定性を稼ぐ設定だが、これも車体が動いたときに重心など重量が質量とのバランスが変わるようだと、場面によっては重すぎるハンドリングとなりやすいスペックだ。
車体側でシビアに設定されているからこそ、可能なアライメントということができる。しかもフロントフォークのストロークするその動きにも、同じ狙いが込められているのが感じられた。
CBRのフロントフォークは、まるでレーシングマシンそのもののような動きをする。簡単にいえば、ビギニング特性というスムーズに忙しく動くストローク範囲が短く、それ以上の動きに減衰力が強めに働き大きく上下しにくい。市販車であれば、常陽範囲のストロークがもう少し大きく、明らかにCBRとは違う。これは車体のピッチングを抑え、早く安定してリーンできる体勢をつくるのに功を奏し、常に同じ感覚で動く特性を支える大事な部分を担っている。
そもそもこうしたフロントフォークの設定は、ブレーキングでノーズダイブを抑え、フロントブレーキが効きはじめるレスポンスを早めるレースでは常識の手法だ。しかし反面、運動性を重くしかねない性質も内包しているので、市販車ではこの間のストロークを大きめに設定する。ハンドリングを軽快にするため、本誌では度々伸び減衰を弱めるようにお奨めしている理由は、まさしくココにある。
CBRは先に記した車体側の重量バランスが、動的にもとれているため、その心配がないというわけだ。CBRがどれだけ次元の異なる設計がされているか、乗るほどに思い知ることになる。
また、このフロントまわりに関連して言えばHESD(ホンダ・エレクトロニック・ステアリング・ダンパー)と呼ばれる画期的な電子制御方式の油圧式ロータリーダンパーも忘れてはならない。
安心できる動きで深くバンクした車体を、これもスロットルを開けた瞬間のレスポンスが穏やかで、しかしジンワリと強烈なトラクションが後輪にかかり加速状態に持ち込めるエンジン特性を活かし、旋回したままダッシュをはじめたとき、前輪の接地圧が低くなってハンドルが左右に振られる現象をうまく抑え込んでくれるのだ。
このおかげで安心して思い切り加速をはじめられるという、責められるライダーには大きなメリットが得られている。
その加速状態の部分で、強烈なトラクションがかかっても前輪が外側に押し出されるプッシュアンダーもCBRはかなり抑えられている。加速Gで急激に前輪の荷重が抜けないため、コーナーから立ち上がるときの旋回の軌跡が大きく膨らむことがない。
これを支えているのが、長大なスイングアームとアンチスクワットを大きめに設定したリアまわりのアライメントだ。スイングアームは長ければ長いほど、コーナーの速度が高まるとコーナリングの加重でリアサスペンションが沈み込むことで起きるアライメントの変化が小さくて済む。
つまりドライブチェーンが駆動で後輪のアクスルを引っ張り上げる(テールが沈んだしゃがみ込むような状態=スクワット)角度にならないように、フレームのスイングアームを取り付けるピボットを高い位置に設定するのだが、これでスイングアームが短いと、今度は駆動のかかった後輪が車体を押す方向に大きく変化が起きてしまい、前輪の加重に悪影響を及ぼしてしまう。
レーシングマシンでは旋回したまま安定して思いきった加速ができるように、トランスミッションの軸配置をズラすなどの工夫でエンジンの前後長を短縮し、ホイールベースを伸ばすことなく長いスイングアームとするのが常識化している。CBRはまさにこの手法をそのまま取り入れているのだ。
その結果、深くバンクしたまま後輪が安定するトラクション効果を前提に、スロットルを遠慮せずにどんどん開けていきながらグーンと曲がっていく快感が思う存分楽しめる。これはリアサスペンションが車体から切り離されフローティングされている、ユニットプロリンクの優れたビギニングとしなやかな動きで、タイヤのグリップ限界まで変わらない。
こうした一連のレーシングマシン然としたCBRのハンドリングマナーはRC211Vの開発に携わったライダーからのフィードバックによるものが大きいという。そう聞くとさもありなんと思うが、ライディングポジションの絶妙な設定だ。燃料タンクの前側の両縁に、腰を落としたフォームで外側の上腕が他のバイクのように点ではなく面でうまく接するため、コーナリング中に万が一の振れを抑えやすい姿勢が保てる。
またタンクのニーグリップ部分の形状も、腰を落としていったときに外側のヒザに接する面が、腰を落とす深さで変わる太ももの角度を自然なものにする絶妙な曲面を構成している。さらにシートの座面が前後方向に長い設定も、腰を深く落とすほど太ももが座面を斜めに占めるポジションがとりやすい。またコーナーの状況によって腰を後ろに引いた方が良いときと、上半身を起こし気味にしてバイクに対する体重のかかり方の位置を調整したいときの違いなど、ライダーのコントロールを広範囲に活かすのに好都合でもある。
同じ意味でステップがやや前寄りに位置しているのも、腰を落としたときに外側の足が踏ん張ることなく自然に車体をホールドできる位置関係で、しかも腰の落とし方が浅いときと、深いときの違いを許容できる、実に絶妙な設定でもある。バイクの動きが安定すれば必然的にライダーの体重や操作も反映しやすい。それを実践すればするほど、CBRのライディングポジションがプロ仕様である意味の深さを思い知るというわけだ。
ここで誤解のないように付け加えておきたいのは、こうした高い次元を狙ったCBRの設定がアグレッシブなライディングだけでなく、キャリアの浅いライダーにも大きなメリットであるこということ、むしろ不慣れなライダーが疑心暗鬼に陥りやすい、リーンしたとき実際はそんなことは起きないのにフラッと倒れそうに思ってしまうなどの兆候がないため、不安なく早く馴染めるに違いないからだ。
もう一方でこれも誤解を生みやすいことだが、これまで鋭く軽いハンドリングに乗ってきたライダーだと、リーンのときやや車体が遅れてついてくるように感じる安定性を、コーナリングマシンらしくないと思うかも知れない。無理もないのは、現状のライバルたちがモデルチェンジの度にエンジンもハンドリングも過激な方向にシフトしているため、CBRの安定した動きを比較すればそう感じても不思議はない。
しかし短時間のファーストインプレッションではく、ある時間以上乗り込めばこれくらいのバランスがすべてに都合が良いことがわかってくるはずだ。刺激の少ない安定感をストレスに感じ評価を下げてしまうと、冒頭に記した過去GPマシンが繰り返してきた戦力ダウンのスパイラルに、ライダーとしてハマってしまうことをお忘れなく。
前後のタイヤグリップ感がしっかりあって、あとは何も心配せずひたすらマシンを右に左へとバンクさせ、傾いて旋回する快感に浸り続ける……腕がないからそれはあり得ないけれど、いつかそんな満足をぜひ味わってみたい、歳をとってからの願望は、貪欲かつ切実なものがある。CBRならすぐにそれが可能かも知れない。少なくとも一番近い域まで貴方を運んでくれるはずだ。