【Historic Bikes/HONDA RC213V #93】2014年 MotoGPチャンピオンマシンに試乗
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※この記事は「RIDERS CLUB 2015年 8月号」に掲載された記事を再編集した内容です。
マルク・マルケス車に試乗することができた。ライダーに選ばれたのは、宮城光と、八代俊二氏。ホンダのファクトリーマシンを走らせた経験を持つ2名だ。MotoGPマシンに乗って、何を感じたか?
PHOTO/T.HASEGAWA,T.HIROSE TEXT/Y.MATSUDA
取材協力/本田技研工業 0120-086-819
数週間前から自分のバイクでサーキットを走り込み、前の日は興奮して眠れなかった……
5月の連休前、HRC副社長の中本修平さんからショートメールが送られてきた。「RC213Vに乗る?」って、それだけ。私もあれこれ聞くことなく、「乗ります!」と即座に返信した。日常的に多くの時間を市販車と過ごしているし、サーキットも走っている。しかしレースレベルでは走っていない男が「世界GPチャンピオンマシンに乗れるのか?」と思ったのは正直なところだ。
なので試乗が決まってから、時間を見つけてはサーキットを走り込んだ。実は愛車RSV4のホイールを新調したのも、リム幅を太くし、少しでもモトGPマシンに近づけるためだ。
それぐらい、RC213Vに乗るのは緊張する。試乗前日は眠れなかった。もっとも、サーキット走行だけでなく、ツーリングでもバイクに乗れるというだけで、前日から興奮して眠れないのはいつものことだが……。

試乗では、ホンダ・コレクションホールの車両をテストするときと同じことを心がけた。基本操作を、忠実に行う。例えばF1カーで、ハンドルを切ったままアクセルを踏み込めばスピンを誘発する。市販車でそのようなことは起きないが、F1カーでは少しハンドルが切れているだけでスピンする。
だから必ずステアリングを戻しながら、加速状態を整える。それはグランプリマシンも同じ。真っ直ぐにして、スロットルを全開にする。ハンドルをこじるようだと、大きなスライドやウォブルを発生させることになる。基本的な操作を、正しく行うことが重要なのだ。
グランプリマシンに乗っているライダーは常に、その基本を忠実に守っている。そのうえであらゆるトライをし、人と違うテクニックでライバルに勝つ。ところが、ホンダRC213Vは基本に忠実な操作をしながら走らせたとき、違和感を覚えた。なぜなら、マルク・マルケスに合わせたスペシャルなセッティングになっていたからだ。

ご存じのとおり、マルケスは基本を超えたところで、彼の世界観でマシンを操っている。その彼が世界チャンピオンを獲得するためにセッティングされているのだから、違和感を感じても異論はまったくない。
その状態でもRC213Vは、猛烈な速さを発揮した。メーターの液晶パネルに表示される情報を見る間もなく、シフトインジケーターが点灯するのを確認するのがやっとだった。
ランプが点灯してからレブリミットまではわずか300rpm。シフトアップが間に合わずレブリミッターに当たり、ブレーキングや、ライン取りもミスした。ところがRC213Vは、私のミスを許容するどころか、車体の挙動など、何事も起きないままその速さを発揮し続けたのだ。
1速も5速も変わらない怒涛の加速!もてぎのコースすら狭く、短く感じる
とにかく速い。1速であろうが、5速であろうが、加速感が変わらない。200馬力ぐらいのスーパースポーツでも、4~6速はタコメーターの針が上がってくるのを待つけれど、RC213Vは待たない。待つ前にブレーキングポイントが迫ってくる。
シームレストランスミッションは凄かった。高級スポーツカーのパドルシフトがもっとスムーズになったような感じで、衝撃がない。点火をカットする通常のシフターでは、自分でシフトアップしても変わらないと思うが、RC213Vのシームレスは、人間がやってどうにかなるレベルよりも、はるかに高いところで駆動力が切れずにつながっていく。
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そこでエンジンがどの回転数だろうが同じように速いから、単独テストでは6速まで入れる必要がなかった。入れるなら、もっと早い段階でスロットルを開けて、限界ギリギリまでブレーキングを遅らせる必要がある。つまり現役のGPライダーでないと使えない領域だ。
ミッションはシームレス。特にダウン側に感動
普通、シフトダウンするときにはクラッチを切ってスロットルをあおる。そして一度上がったエンジン回転が落ちてくるところでクラッチを合わせるのだけれど、RC213Vはまったく違う。クラッチ操作は不要、チェンジペダルをかき上げるだけだが、ペダルを操作した瞬間、自動的に回転が上がってシフトダウンが完了する。スロットルを手であおったときのように上がるのではなく、必要なぶんだけ回転が上がってそのギヤに適切な回転数に合わせている。
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普通のバイクで、クラッチを握らずにシフトダウンするときと同じ要領なのだが、それをはるかに高い回転数で、マシンが勝手に高精度でやってくれる。しかもタイヤがロックするような気配はもちろん、ショックも感じない。
猛烈に利くブレーキと上質なサスペンション
試乗時に装着されていたカーボンブレーキディスクはφ320mmで、上の写真のタイプではなく、ヒートマスが小さく温まりやすいタイプだ。とにかくよく利いて、かつ使いやすい。でも実戦で使っているφ340mmディスクにホンダはカバーをつけていたり、難しい面もいまだに残っているようだ。
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サスペンションは非常に上質。オーリンズならではの、よくストロークするキャラクターが、路面の細かな凹凸なども吸収してくれる。違和感はまったくなし。高級車の高級サスペンションのような、限りなく作動感があり、まるで絨毯の上を走っているようなスムーズさだった。現代のGPマシンの進化のひとつだろう。
300㎰近いと体感した。僕が使った回転域では常に異次元の加速をする
1~4速には制御が入り、1速は200㎰、2速で230㎰、3~4速は250~260㎰ぐらい。5速は300㎰という印象だ。試乗時のレブリミットは1万6500rpmで、1万6200rpmがシフトアップポイントだったが、本当は1万8000~9000rpm回るはず。でないと、ニューマチックバルブの意味がない。
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V4エンジンのフィーリングはホンダらしい、等間隔爆発に近いもの。制御が入っているかどうかは分からず、たぶん、制御が入るまで開けられていない。もっとも、“入っている”と感じられる制御はレースではタイムロスだろう……。機械式バックトルクリミッターも介入しているのか分からないぐらい繊細だった。
どんなポジションで走っている?
直進時は非常に安定していて、本当に何も起きない。怒涛の加速を続けているにもかかわらず、振られたりすることはない。抜群の安定性だ。
ポジションについてはマルケスに合わせてあるので、私にはちょっと厳しかった。フットレストとブレーキペダル、チェンジペダルの位置が高く、特にシフトチェンジで苦労した。
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もっとも、マルケスは私より小柄で、あれだけオフセットしてコーナリングしているのだから異なって当然だ。
一方、ハンドルバーとレバーに違和感はなかった。レバー類はまったく問題なく、ハンドルの幅はレーシングバイクとしては広めかもしれないけれど、市販車と比べれば普通。みんながまたがってみても違和感を感じることはないと思う。
実際に乗ってみるとマルケスの走りが想像できる
マルケス車はトレールを増やして、直進安定性、フロント周りの安定性を出している。トレールが増えるとターンインが重くなるのだが、マルケスのような走りができれば問題ない。
ブレーキングでリヤタイヤを浮かせ、その状態でターンインのきっかけをつくれればいいのだ。パッと寝かせた瞬間にヨーモーメントを出し、それをきっかけにオーバーステア気味に入る。短い時間で、大きな入力を受け入れられるように、フロント周りがセットされている。
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彼と相反する私の乗り方では、重たく感じるのは当然だ。普通の人には乗りにくいバイクなのである。中本さんは笑顔で「思いきり奥まで突っ込んで、寝かせばいい」と言ってたけれど、それはイチバン難しい……。少なくとも10周ではムリだ。
タイヤは市販品とは価格にゼロがひとつ異なるほど高価なイメージ
試乗時に装着されていたブリヂストンのMotoGP専用タイヤは、エクストラソフト。最も柔らかいタイプだ。グランプリライダーが走らせても20周ぐらいなら減らないと聞いたが、猛烈にグリップした。しかも乗り心地がよくて、路面の細かい荒れなども吸収する。
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乗り心地についてはサスペンションも関係するが、タイヤが柔らかくないと、このような全体的な乗り心地の良さは出ない。トレッドが柔らかい。もちろんただ柔らかいだけでなく、ケースはしっかりしている。タイヤの形状もベストだった。フロント4インチ、リヤ6.25インチと太いにもかかわらず、実にニュートラル。フロントから、あるいはリヤから寝ていくわけでもなく、一体感がある高次元のバランスが取れていた。
※この記事は「RIDERS CLUB 2015年 8月号」に掲載された記事を再編集した内容です。