「バイクで旅する悦楽」の新時代 KTM 1290 SUPER ADVENTURE S
KTMの旗艦ツアラーとなる1290スーパーアドベンチャーシリーズが、第三世代に進化。 その中心的な存在となる、オンロード+フラットダートをメインターゲットとした「S」は、 約90%の部品が見直される刷新に加えて最新電子制御デバイスの採用により、 従来型をはるかに凌ぐロングラン性能と卓越した快適性を獲得している。
革新の電子制御がもたらす「バイクで旅する悦楽」の新時代 KTM 1290 SUPER ADVENTURE S
ブランドスローガンとしてオーストリアのKTMが掲げ続けるのは、「READY TO RACE」だが、その一方でKTMは旅するライダーのブランドでもある。現在はモトGPにも参戦し、ロードレースでも活躍するKTMだが、長年にわたり知られてきたのはモトクロスやエンデューロやラリーなど、オフロード分野での輝かしい戦歴の数々だった。
とくに、世界一過酷なラリーと言われるダカール・ラリーでは、01~19年に18連覇の偉業を達成(08年大会は中止)。これと並行して、02年の950アドベンチャーを源流とする水冷Vツインエンジンのビッグアドベンチャーモデルを展開して、「KTM=冒険」という、レースとはまた別のブランドイメージを構築してきた。
そんなKTMのフラッグシップアドベンチャーと言える1290スーパーアドベンチャーシリーズが、21年型で第三世代に刷新。このうち前後19/17インチキャストホイールを履くのがS仕様だ。 21年型の1290スーパーアドベンチャーSは、構成部品の約90%に変更を受けるフルモデルチェンジ。
新設計のクロモリ鋼管製トレリスフレームとオープン格子形状のアルミダイキャスト製スイングアームを採用し、フレームはステアリングヘッド位置がライダー側に15㎜近づけられる一方で、スイングアームは15㎜伸長された。 LC8と呼ばれる1301㏄水冷Vツインエンジンを、先代よりも2度前傾して搭載。エンジン本体にも、オイル経路の見直しやケースの軽量化などが施されている。
ラジエターは左右分割式となり、冷却効率の向上と排熱風をライダーの足から遠ざける改良。燃料タンクは上側と左右の3分割構造とされ、縦長の左右部をメインエリアとすることで、車体の低重心化を図っている。
WP製のセミアクティブサスは新世代に進化。もちろん電子制御のバージョンアップも実施された。 実車と対峙してまず感じるのは、先代と比べて初対面での“手ごわさ”がかなり消えたこと。新型も大柄であることに変わりはないが、先代ほどの持て余してしまうような厳しさは伝わってこない。 これに貢献しているのは、新設計の鍛造アルミ製サブフレームを使いながら低減されたシート高。
スペックでは11㎜の差なのだが、シートの形状変更による違いなども加わって、足着き性はだいぶ改善されている。伸長167㎝の筆者だと、先代は足を着くのにいちいち緊張していたのだが、それをイメージしつつ新型に乗ると拍子抜けするほどだ。 ちなみに、オプションのサスペンションプロを追加すると、前後サスのプリロードを自動または任意で設定でき、ローにすることでさらに足着き性を高められる。
新設計されたTFT液晶の7インチフルカラーディスプレイを搭載。電子制御デバイスの設定モード画面にはイラストが効果的に使われ、直感的に操作できる。メーターの奥側には、スクリーンの高さ調整用ハンドホイールを配置。左右どちらかを回すだけで簡単に9段階調整が可能
この日はあいにくの豪雨だったが、「旅をしてりゃあこういう日もあるさ」と自分を納得させ、試乗会場から公道へ。大きなスクリーンと燃料タンクが防風性にかなり優れていることは、ウエアがびっしょり濡れるまでの時間が遅めなことからも明らかだった。
スクリーンは、左右どちらかの手でハンドホイールを回すことで、55㎜幅で9段階に調整可能。もっとも低い位置なら一般道でもスクリーン上端が気にならない高さで、もっとも高くした場合は視界における存在感は増すが、上半身に当たる走行風の多くを妨げてくれる。ハンドホイールの動きは極めてスムーズで、これなら電動調整機構はいらないと思えるものだった。
タイヤは、ミタスというチェコのメーカーが製造するテラ・フォースRというオンロードツーリングタイプ。初めて聞くブランドで、KTMに採用されるのも初とのことだが、自社のフラッグシップとなる車種に導入するとあって、当然ながらKTMも事前にかなりテストを重ねたという。この日はウエット路面のみでの走行となったが、接地感をつかみやすく、安心して走ることができた。
エンジンは、低回転域からトルクフル。振動も少なめでLC8の熟成を感じさせるが、高回転域ではかなりのパンチ力があり、やはりKTMらしさは失われていない。驚くのは、クイックシフターのスムーズなタッチと、低回転域の許容度。
2000rpmくらいでもスコンとギアが入り、発進と停止を除けばほぼクラッチレバーを使わず走れてしまう。そして、そのクラッチレバーも操作荷重が非常に軽く、ツーリングの疲労感軽減に大きく貢献してくれるだろう。
どのライドモードでもきめ細やかな電子制御や、それに基づく雨天走行時の安心感など、ほかにも触れておきたいことは多々あるのだが、この新型でそれ以上に注目を集めているのは、KTM初搭載となるACC(アダプティブクルーズコントロール)。ボッシュ製のミリ波レーダーを使うこのシステムは、ドゥカティのムルティストラーダV4SやBMWのR 1250 RTにも21年型で搭載され、KTMもこれに続いた。
ACCとは、設定速度で走行中に前走車との車間距離を自動で調整して、減速と設定速度までの再加速などをバイクがやってくれるシステムのこと。KTMの場合、制御を2タイプから選択できる。コンフォートモードは児童の加減速が穏やかで、コーナーではバンク角などを加味して必要に応じて減速もしてくれる。
スポーツモードでは加減速がよりダイナミックで、コーナーでもその速度を保つ。後者は、アグレッシブなイメージもあるKTMらしいモードだ。どちらのモードでも、車間距離を5段階から細かく設定可能で、これも3段階のBMWや4段階のドゥカティとは異なる点。最短だと前走車と約0.9秒、最長だと約0.2秒の差を目安に制御される。
とはいえ、その制御は極めて秀逸で信頼性に優れる。前のクルマに追いついたらスムーズに減速しながら設定した車間距離を保ち、前走車がいなくなれば再び設定速度まで加速し……というようなすべての動きを、“急”を感じさせることなくスムーズに繰り返す。
ほかの車線から急に割り込まれた場合など、ACCが完全に対処できない場合もあると思われるが、基本的には一度セットすれば長時間の高速巡航でもスロットルを開け続ける必要はなく、これまでの二輪用クルーズコントロールのように交通の流れが変化するたびにセットし直すようなわずらわしさもない。
これにより高速巡航での疲労は圧倒的に軽減され、休憩回数が減ることでより遠くを目指せるし、温存した体力を旅先で別の遊びを楽しむことにも使える。ましてやこの1290スーパーアドベンチャーSは、満載の電子制御がライダーの操作を助け、ACCを使わない場面でも快適で疲労の少ないライディングを満喫できるのだ。
もっと、遠くへ。これを画策するライダーにとって、革新の新型はとてつもなく心強い相棒となるだろう。