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【青木宣篤のコア・ライテク】すべては加速のために

ダイレクトに口に出さないかもしれない。だが、スポーツライディングを楽しんでいるなら、多くの人が「速くなりたい」と思っているだろう。その率直な願いを叶えるために必要なのが、加速だ。スロットルを開ければエンジンパワーが増大し、バイクは加速し、速く走ることができる。しかし加速するためには、多くの準備が必要である。

【青木宣篤】
長きにわたりグランプリで活躍。’97年、世界GP500ccクラスで新人賞獲得。ブリヂストン・MotoGPタイヤやスズキ・MotoGPマシン開発も務めた
PHOTO/H.ORIHARA, MotoGP.com, Red Bull
TEXT/G.TAKAHASHI

コア・ライテクは〝加速〞の1点に向けられている

「速く走りたい」という素直な願いを安全に叶える

スポーツライディングを楽しむライダーには、まず安全第一を心がけてほしい。転倒すると身体的にも経済的にもダメージを受け、せっかくの趣味が人生に大きな負荷をかけてしまうことになる。 

安全第一が大前提だということを理解していただいたうえでぶっちゃけさせていただくが、スポーツライディングをするからには、誰もが「速く走りたい」という願いを持っているのではないだろうか? 私はそうだ。安全に、でも昨日の自分より少しでも速く走れるようになりたい……。この情熱が、私をスポーツライディングへと誘い続ける。

「速く走りたい」。バイク乗りの間ではタブーのような言葉だ。もちろん、公道では御法度である。 

しかし私は、スポーツライディングの舞台はサーキットしかないと思っている。そしてサーキットは、基本的に速く走ることを前提として作られている場だ。「速く走りたい」と思っても、何らおかしくはない。むしろ当然で、健全だ。 

では、速く走るためにはどうすればいいか。実に簡単だ。スロットルを開ける量を増やす。つまり、加速時間を長く取る。これに尽きる。 

ただし、繰り返しになるが、安全第一である。むやみやたらとスロットルを開けると、ハイサイドなどの危険な転倒を招く可能性が非常に高い。スロットルを開ける量を安全に増やすには、整えるべき準備というものがあるのだ。 

当連載でこれまで6回にわたってお伝えしてきたのは、ほとんどすべてが加速に向けてのことだ。それでも紙幅の都合上、お伝えし切れていない部分も多い。加速を安全に行うには、それぐらい入念な準備が必要ということになる。 

スポーツライディングの醍醐味であり、目標でもある、加速。その本質をぜひ知っていただきたい。

自分が今、何のために何をしているのかが明確になる

スロットルを開ける量を増やせば、それだけエンジンパワーが引き出される。だから加速力が増し、速く走れる。実に簡単な理屈だ。 

しかし、「加速のためにもっとも必要なのは、減速である」と言うと、ちょっとややこしく感じるだろうか。 安全に加速するためには準備が必要だ。準備とは、具体的にはコーナリングスピードを落とすことだ。 

一般的なスポーツライディングのテクニック論では、ブレーキングとコーナリングのテクニックが個別のものとして取り沙汰されることが非常に多い。 

だが私に言わせれば、ブレーキングとコーナリングは個別のテクニックではなく、あくまでも加速するための準備だ。 

だからライディング中はいつでも「最大加速のための、減速と旋回」という意識を強く持っている。

 ブレーキングでしっかりとスピードを落とせば、向きが変わりやすくなる。向きが変われば車体を起こしやすく、加速態勢になってもアウト側にはらみにくい。だから、もっとスロットルを開けられる。

「加速のために、ブレーキングとコーナリングをする」という考え方は、自分が今、何のために何をしているかを明確にする。「安全に、より速く」を実現するための近道なのだ。

減速するほど加速できる

コーナリングは速いのに……
ブレーキングを弱めて「えいや!」とコーナーに飛び込み、他車より前に出ようとする。サーキット走行会などでもよく見られる走りだ。旋回中の最低速度(ボトムスピード)は高くても、向きが変わらないので加速態勢が取れない。

コーナリングは速いのに……
ブレーキングを弱めて「えいや!」とコーナーに飛び込み、他車より前に出ようとする。サーキット走行会などでもよく見られる走りだ。旋回中の最低速度(ボトムスピード)は高くても、向きが変わらないので加速態勢が取れない。

立ち上がりで引き離される
いくら頑張っても立ち上がりで引き離されるからと、焦って早めに大きくスロットルを開けるのは御法度。減速不足による向き変え不足が加速不良の原因だから、減速することが最善の解決策。

立ち上がりで引き離される
いくら頑張っても立ち上がりで引き離されるからと、焦って早めに大きくスロットルを開けるのは御法度。減速不足による向き変え不足が加速不良の原因だから、減速することが最善の解決策。

ブラックマーク=向き変え良好の証
しっかり加速できれば、立ち上がりでブラックマークは付くもの。気にしているのは濃度だ。濃ければ減速からの加速が良好で後輪にきちんと荷重がかかっている証拠だし、薄ければただタイヤの上っ面が削れているだけだ。

ブラックマーク=向き変え良好の証
しっかり加速できれば、立ち上がりでブラックマークは付くもの。気にしているのは濃度だ。濃ければ減速からの加速が良好で後輪にきちんと荷重がかかっている証拠だし、薄ければただタイヤの上っ面が削れているだけだ。

前後タイヤのつぶれ方に差が出る
立ち上がり加速に入った瞬間を、上級者(左)と中級者(右)で比べると、すでに後輪に強く荷重がかかりつぶれている上級者に対して、中級者はまだ前輪に荷重が残っており、加速が不十分。減速不足が加速不足を呼んでいる。

立ち上がり加速に入った瞬間を、上級者(左)と中級者(右)で比べると、すでに後輪に強く荷重がかかりつぶれている上級者に対して、中級者はまだ前輪に荷重が残っており、加速が不十分。減速不足が加速不足を呼んでいる。

スロットルはチョイ開けで十分
「加速したいから」とスロットルをガバ開けしない。加速態勢に入る時にチョイ開けのパーシャルスロットルを使うと、さらに旋回力を引き出せる。チョイ開けして1秒ほど待つイメージだ。

ローパワーならボトムスピードは落とさない

軽量ローパワーの小排気量車は、旋回速度を稼ぐ走りが速さにつながりやすい。ただし常にタイヤの限界領域を使うことになるので、万人にはオススメできない。しっかり減速することが安全な加速につながるのは小排気量車も同じ

画像の説明

あらゆる手段を講じてライバルより加速する

「ブレーキングポイント」とは言うが、「アクセラレーションポイント」とは言わない。ブレーキング開始ポイントは割と明確だが、加速開始ポイントは状況によってまちまちだ。 

では、何をもって「加速がうまくいった」と言うのか。ラップタイムもひとつの指標だが、レーシングライダーの場合は「コーナーの立ち上がりでライバルを引き離せたか」に尽きる。つまり加速の成否は非常に感覚的であり、相対的でもある。「あらゆる手段を講じて、少しでもライバルに差を付ける」ことに関しては、レース専用プロトタイプモデルで争われるMotoGPは最高峰だ。 

昨今のMotoGPマシンにはさまざまなデバイスが装備されているが、その多くは「エンジンパワーをいかに余すことなく加速につなげるか」を狙って開発されたものだ。 

MotoGPライダーたちは、もちろん素晴らしいテクニックの持ち主で、「加速のための減速・旋回」に関しては天才的なエキスパート揃いだ。さらにマシンも最大限の加速力を発揮するように作られているのだから、ハンパではないタイムを叩き出す。

デバイス類が付いていない時代と比べたら、MotoGPマシンの加速は格が違う。そのマシンのポテンシャルを最大限に引き出すのだから、ライダーたちも「最新が最高」だ。

  • ウイングレット
    • ウイリーコントロールはパワーカットする仕組み。パワーカットと加速時のウイリーの両方を抑え、高速安定性も増すウイングレットが流行
  • ウイリーコントロール
    • 前輪浮き上がりを検知してパワーカット。ライダーが加速を実感でき、なおかつ加速効率もよい10cm以内のフロントアップをキープする
  • ライドハイトアジャスター
    • MotoGPマシンの加速力を強烈に向上させたのが、車高を下げるライドハイトアジャスターだ。スロットルを開けられる量が飛躍的に増えた
  • トラクションコントロール
    • 強大なパワーによる後輪の空転を抑えるべく開発されたトラコン。やがては後輪を滑らせながらもコーナーを立ち上がるための武器に進化
車体が寝たままフロントを浮かせるほどの加速を見せるF.バニャイア。この姿勢になるのは特定のコーナー。
車体が寝たままフロントを浮かせるほどの加速を見せるF.バニャイア。この姿勢になるのは特定のコーナー。
先行するJ.マルティンはウイリーコントロールが効き終わり。後続のバニャイアは前輪を浮かせつつさらに曲がるために、アウト側へ逆ハンで車体を寝かせている
先行するJ.マルティンはウイリーコントロールが効き終わり。後続のバニャイアは前輪を浮かせつつさらに曲がるために、アウト側へ逆ハンで車体を寝かせている

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