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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】ハンドリングのためのサスペンションセッティング

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII

 前回は接地感とハンドリングにフォーカスしたフロントサスペンションセッティングを解説してきましたが、今回はいよいよリアのサスセッティングです。これらは密接な関係にありますので、今回の解説を読んでいただいたら、今一度、10限目から振り返ってもらえるとより理解が深まると思います。 

 リアのサスセッティングはトラクション、つまり加速しやすいセッティングにする、と言うとなんとなくご理解いただけると思うのですが、実はハンドリングにも影響するというと、「エッ!?」と思われる方もおられるのではないでしょうか。

 そう、リアのサスセッティングって奥が深く、とっても難しいのです。これはライダーのセッティング能力・センスも問われていると言っても過言では無いのです。

tips_1リアのプリロードとハンドリング

リアのプリロードを強くするのは、リアの車高を変えるのと同じで、リアが高くなります。後ろ上がりの姿勢になりますが、それはつまり前下がりと同じ状態であり、キャスター角が変わってトレールが短くなり、ハンドリングは軽く、ライダーの操作に対する応答速度も速くなる傾向になります(図1)。

逆にリアのプリロードを弱くするとリアの車高は下がり、フロント上がりと同じ状態となり、トレールが長くなるのです(図2)。 

図1:リアが高くなるとキャスターが立ち、トレールが短くなる
図1:リアが高くなるとキャスターが立ち、トレールが短くなる
図2:リアが低くなるとキャスターが傾き、トレールが長くなる
図2:リアが低くなるとキャスターが傾き、トレールが長くなる

もちろん、前輪のプリロードや突き出し量でもトレールは変化しますし、厳密には前輪と後輪の分担荷重も変化します。ライダースクラブ2024年4月号でトレールが変わることでハンドリングが変わることを解説させて頂きましたので、読み返してみてください。

tips_2:伸び側減衰とハンドリング

次に減衰調整です。単刀直入に言うと、リアの伸び方が変わるとフロントの沈み込み方も変わります。 

これは自分でリアだけを調整すればわかるのですが、両方同時に調整・変更したり、メカニックの方に変更していただいた車両に、変更内容を理解せずに走行した場合、私の技量では違いはわかっても、フロントとリアのどちらの減衰を変えたのかは判断ができません。全日本のランカークラスにならないと、この違いを見抜けないかもしれません。 

例えば、減速時にリアがスコッと素早く伸びると、図1と同じように車体は前傾が強くなり、フロントがより沈んだような姿勢になります。この時、12限目で解説したように、キャスター角が変化してトレールも短くなります。 

逆に伸び側の減衰が強過ぎると、じっくりどころかサスペンションが伸び切らないこともあります。その時はフロントが沈んでいても車体の前後傾斜角度はやや緩い角度となり、キャスター角の変化も、トレールが短くなる量も少なめになります。 

このように、リアの伸び側減衰はハンドリングに影響を及ぼすのです。とは言え、この寄与率はとても小さく、また車高の変化が走行中に体感できるくらい身体のセンサーが敏感なライダーでなければ、フロントの圧側減衰が起因しているのか、リアの伸び側減衰によるものなのか、判断するのは困難です。逆に言うとこれが判断できるライダーは、開発ライダーになれると言っても過言ではありません。 

もうひとつ付け加えると、リアブレーキのかけ方でリアショックの伸び方も変わるので、乗り方でもハンドリングが変わるとも言えます。

tips_3:伸び側減衰とトラクション

加速する時、リアショックが伸びているというのをご存じの方もおられるかと思います。これはアンチスクワットジオメトリーいう、サスペンションとチェーンのレイアウトで決定されるのですが、説明が長くなるので今回は図3で加速時のつり合いを図解していますので、ご参考に。このアンチスクワット、つまりリア上がりは後輪を地面に押し付ける力となり、トラクションに大きく貢献します。詳細は別途サスペンションについて解説させて頂きたいと思います。 

図3:リアサスペンションジオメトリーによるアンチスクワット率とトラクションの関係
図3:リアサスペンションジオメトリーによるアンチスクワット率とトラクションの関係

市販車でもリアの車高を調整することで、微妙にこのジオメトリーを調整することが可能です。一般的には車高を上げた方がスイングアームのたれ角が大きくなるのでアンチスクワット高が増大、つまりアンチスクワットが強くなり、後輪を押し付ける力も大きくなることで、より強力なトラクションによる加速が可能となります(図4)。 

図4:リアの車高が高くなるとアンチスクワットも強くなる
図4:リアの車高が高くなるとアンチスクワットも強くなる

ここまでの解説を要約すると、リアの車高を変えることで、ハンドリングとトラクションを同時に調整することになるので厄介であるということになります。また、この微妙な伸び方を調整することで加速時の車体姿勢をウィリーしにくくなるように調整でき、加速のしやすさにも影響を与えるのです。 

リアの伸び側減衰が強い方が、加速時にリアの車高が高くなるのに時間がかかり、ウィリーしやすい傾向。伸び側減衰が弱い方がスッと伸びてくれるのでウィリーしにくい傾向になります。

よって、ウィリーしにくい伸び側減衰は、減速時には前述のように前傾が強くなりますが、これはとても繊細で微少で、体感しにくいと思います。とは言え、それらのバランスは重要で、そこがサスセッティングの難しさとも言えます。

tips_4:圧側と伸び側とトラクション

旋回中にバイクが傾いている時は急激な加速は厳禁です。しかし、ある程度のアクセル開度にして後輪に駆動力を発生させるわけですが、この時リアタイヤはとてもセンシティブな状態と言えます。これはサーキットなどで限界に近い走行時の話になるので、一般道ではこのような状態や領域になるような走行は控えましょう。 

後輪のグリップが限界に達して微少に滑り始めると、リアショックは微少に伸びます。この時、伸び側の減衰力が弱いと、後輪がより滑りやすい傾向になります。

ここでスムーズに滑ってくれると、いわゆるドリフト状態になるのですが、それが決まらない(例えば圧側の減衰力が不足気味)時には、タイヤのグリップが急激に復活してショックが縮みやすくなり、その反動で最悪の場合はハイサイドという危険な状態になる場合もあります。

そこまでいかなかったとしても、グリップとスリップを微少に繰り返し、リアが跳ねるほどに激しく後輪が上下する、いわゆるポンピングと言う現象が発生することもあります(図5)。 

図5:リアが滑ったときのイメージ
図5:リアが滑ったときのイメージ

この時の減衰力調整は、まず伸び側を強くするのですが、伸び側減衰が強過ぎると路面への追従性が損なわれ、これまたグリップを失いやすい傾向になります。そんな繊細な減衰調整はレース以外では必要ではないかもしれませんが……。

tips_5:サスセッティングとは

以上のようにリアサスがハンドリングやトラクションに影響を及ぼすことを、ご理解いただけたでしょうか。実に難解ですよね。 

今月まで数回にわたって、サスセッティングでハンドリングが変わることを解説させて頂きました。一般道でのツーリングなどでは、乗り心地もとても重要になるのは言うまでもありません。しかし、スポーツ走行などのハンドリングを重視したサスセッティングは、街乗りでの乗り心地が犠牲になる可能性が大きい事もご承知おき頂きたいと思います。 

バイクって不思議で難解であるが故に楽しい乗り物です。ぜひ、いろいろなサスセッティングを試していただいて、安全で快適なバイクライフをエンジョイしましょう!

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