元MotoGPライダー中野真矢が本気でインプレ!『トライアンフ スピードツイン』
中野真矢の乗りたいバイクに乗ってみた! Triumph SPEED TWIN 幼少の頃からバイク=レーシングマシンだった中野真矢さん 今回選んだのは、中野さんのバイク人生とは対極ともいえる正統派ネイキッドトライアンフ・スピードツインだ 1200cc並列2気筒エンジンを搭載したこのバイクを、中野さんはどう評価したのか。またがる前、さまざまな角度からじっくりと眺め、味わうように走り出した中野さんだった 。
「乗りたい」── 中野真矢 その理由とは?
トルクで走る心地よさ
83年に5歳でポケバイに乗り始めてから、09年に現役引退するまでの26年間、僕にとってバイク=カウル付きでした(ポケバイだって立派なカウルを装備しています)。バイクはサーキットでラップタイムを削るための道具だったんです。
皆さんのようにバイクに趣味性を感じることはほぼなく、速く走れるかどうかだけが判断基準でした。こう書くと殺伐としていますが(笑)、実際のところ勝負の世界だったので、仕方がないと思います。
現役を引退してからはツーリングにも出向くようになり、遅咲きながら趣味としてのバイクに目覚めました。それでもどちらかというとスポーティなバイクを好んでいたような気がします。結局はカウル付きを選ぶことが多かった。
でも気付けば僕も42歳。自分で言うのもナンですが、だいぶ落ち着きというか、余裕を持ってバイクと付き合えるようになってきました。そんな時に目に付いたのが、今回試乗させてもらったトライアンフ・スピードツインだったんです。
とにかくカッコいい! 伝統的なネイキッドスタイルでありながらモダンなディテールが散りばめられていて、全体としてはヨーロピアンな雰囲気にまとめられています。僕は特に斜め後ろから見たスタイルが好きですが、「真横もいいな」「正面もカッコいいぞ」と、あちこちから眺めては優れたデザインに唸らされるばかりでした。
いざ走り始めます。レーシングライダー時代から、僕はこの瞬間のフィーリングをもっとも大事にしてきました。さて、スピードツインの場合は……、何も気にしなくていい!ごく自然にクラッチがつながり、スロットルを開けようとしなくてもトルクでスルスルッと前進します。こんなに気遣いしなくてもいいなんて、ちょっと感動しました。
その気兼ねのなさは、ずっと続きます。2000rpmも回していれば十分で、ギアは選びません。スロットルの開け閉めだけでリズムを作るゆったりとした走りは、とても鷹揚で気持ちのいいものでした。逆に、あくせくとエンジン回転数を上げようとしても、あまり大きな盛り上がりは感じられません。もちろん1200㏄らしく車速はグイグイと乗るのですが、回して走るタイプではないのは明らかです。
あくまでも低中回転域を使いながら、トルクで車体を進ませるのが似合います。ルックス同様に、ちょっとオトナっぽいライディングスタイルがしっくり来る……ということは、やはり40歳を越えた僕ぐらいになると、このバイクの良さが分かってくるのかもしれません(笑)。
コーナリングは僕にとって独特なもので、「オッ」と思わされました。よく乗るスーパースポーツは、車体ジオメトリーと軽さが相まって、サッと寝てサッと起きます。クイックでシャープなハンドリングは、レーシングマシンに慣れていた自分にはごく自然でした。でも、それって実はかなりストイック。常にバイクと格闘しているようで、気は休まりません。緊張感を楽しむ感じでしょうか。
一方のスピードツインは、なかなか寝ようとはしません。でも、曲がらないわけじゃない。寝ないのに曲がる感覚はちょっと不思議でしたが、簡単に言えば安定感が強いんです。あまり寝かせないコーナリング中もどっしりと安定感があって、なんなら両手を離せるんじゃないかというぐらい(笑)。これはとても新鮮なフィーリングでした。
サスペンション自体はやはり乗り心地を重視していて、ギャップなどをソフトにいなしてくれます。その反面、コーナリング中にシフトダウンしたり、フロントブレーキをかけたりすると、立ちが強いジオメトリーとサスペンションの柔らかさが相まって、つまずきそうになります。
一気に車重がのしかかってくる、といった感じですが、これは走り方を間違えています(笑)。先に書いたように、スピードツインはトルクに乗せてスロットルのオン、オフだけでゆったりとコーナーを駆け抜ける走りが似合います。旋回中にあれこれ修正しようとせず、旋回前にしっかり減速を終わらせ、準備を整えておくべきでしょう。
その点、ブレーキは十分な制動力を発揮してくれ、タッチも良好です。見た目はクラシックですが、ブレーキシステムは現代バージョンといったところ。よく減速してくれるのでついスポーツ魂が燃えそうになりますが、そこは自重が必要です。
スピードツインのようなバイクに乗っている自分は、正直あまり想像できませんでしたが、意外にもしっくり来て楽しめたのは、やはり自分が年齢を重ねた今だからこそ、なのかもしれません。「いよいよこのジャンルにお邪魔させていただきます」という感じで、まだ立ち居振る舞いなどどうしたらいいのか分からない面もありますが、新しい世界に足を踏み入れるという喜びは他に代え難いものです。
「末永くバイクを楽しんでいくために、人生にはスピードツインのようなバイクが必要なんだろうな」と思わされました。変な話かもしれませんが、ガレージに1台置いておきたいな、と妄想がふくらむんです。「休日にこのバイクを磨けたら幸せだろうな」とか、「メルセデスのAMGとかBMWのMシリーズみたいに、さりげないカスタムをしたら決まりそうだぞ」とか、いろいろなイメージが湧いてくるんです。
走ることはもちろんですが、それ以外でも人生を豊かにしてくれそうな予感がしました。休日に、右手ひとつで日常から離れた世界に連れて行ってくれるスピードツイン。それって実は、バイク本来の姿なのではないかと思います。ストイックに走るのはサーキットやレースの世界。公道ではこういう鷹揚なバイクで伸びやかに気持ちを解き放つのはいいものだな、と。トライアンフのネイキッドが普遍的なスタイルを貫く意味が、少し分かった気がします。