【BMW M 1000 RR×青木宣篤】Mの名前にふさわしい、孤高のスペシャリスト
巨大なフロントウイングや数々のカーボンパーツで身を固めたM 1000 R。電子制御サスペンションやカーボンホイールなどの高性能パーツを惜しみなく投入し、目を奪う迫力と品質感に満ちたモデルで、ネイキッドの枠からは完全にはみ出している。目指しているのは、走りの性能だけではない。「M」のみに許された、圧倒的存在感だ。
PHOTO/S.MAYUMI TEXT/G.TAKAHASHI 問/ビー・エム・ダブリュー 0120-269-437 https://www.bmw-motorrad.jp/ja/
この上質なフィーリングはMでしか味わえない
「M」というアルファベットは、BMWにとって大きな意味を持つ。 多くの乗り物好きには周知の事実だろうから、釈迦に説法だとは思うが、最初に改めて「M」の持つ意味を紹介しておきたい。「M」の発端は、1972年に設立されたBMWモータースポーツ社である。四輪レース活動をベースとして、モータースポーツに関わる研究開発や、モータースポーツ車両の生産などを行っていた。
1993年にBMW M社に改称して現在に至っており、モータースポーツで得た知見を元に開発した高性能モデルに「M」の名を冠してリリースしている。
四輪のBMWでは、実は「M」はもはや珍しい存在ではない。同社ウェブサイトに掲載されている現行車種を数えると、Mではない無印モデルが40車種で、Mシリーズは33車種。そのジャンルも、クーペ、セダン、SUV、そしてBEVなど、まんべんなく網羅している。
モータースポーツベースのテクノロジーを投入した高性能モデルとはいえ、最新のMシリーズは、ゴリゴリのレーシングマシンという出で立ちばかりではないのだ。ジャンルが幅広いことも相まって、上質な走りやゴージャスな所有感を楽しめるモデルが勢揃いしている。これが現代のMシリーズなのだ。どのジャンルにおいても走り一辺倒ではなく、しかしながらモータースポーツイメージをきっちりと守り抜き、他にはない上質なブランド性を持たせている。
下世話な話だが、Mシリーズは価格帯もワンランク上だ。最安値のM235iでも705万円から。最高値のM8カブリオレは2638万円からと、価格面からもMの価値を見せつけているのだ。
以上、長々と四輪について語ってしまったが、「M」のポジションをご理解いただいたところで、いよいよ今回試乗したM1000Rである。
二輪において、上位機種やスペシャルバージョンというと、レーシング方向に振ったモデルになりがちだ。モデル名に、まさにレーシングを指す「R」がたくさん付くほど、リアルレーシングモデルに近付いていくのが通例となっている。
これは二輪特有の現象と言ってもいいかもしれない。スポーツバイクに乗ることは、スポーツカーに乗ること以上にスポーツ性が高い。バイクは、フィジカル面でもメンタル面でも、乗り手に多くを求めるからだ。
だからこそ「よりよいモデル」は、スポーツライディングの究極であるレースに近付いていく。しかも、かなりシリアスに。しかしM1000Rは、四輪の最新Mシリーズと同じように、リアルレーシングとは違う方向を目指しているようだ。
今回の試乗ステージはサーキットだったが、M 1000 Rはアップライトなポジションのネイキッドであるがゆえに、フロント荷重が足りず分が悪い。これは車両ジャンルと試乗ステージのマッチングの問題で、致し方ない部分ではある。
逆に、基本的にはシートに腰を下ろしてのライディングになるので、リアに荷重がかかりやすいのは美点だろう。正直、ハードに走る時には適度に後輪が滑ってくれた方が都合がいいので、「リアがグリップし過ぎるな」と感じるが、これはエキスパートライダーの感覚。一般的には安心感ということになると思う。
電子制御サスペンションは、今や大きなアドバンテージだ。従来の電子制御サスペンションは、ライダーの意のままにならないことが多かった。例えばブレーキングは、減速のためだけではなく、あえてピッチングモーションを出すために行うものだが、以前の製品の場合、フロントが沈み込むことによる姿勢変化を嫌い、突っ張るような違和感があった。
しかしM 1000 Rの電子制御サスペンションは、フロントブレーキを握った分だけちゃんとストロークしてくれる。私としてはもう少しフロントが沈んでほしいと思うが、つんのめる感じがほどよく抑えられているので、ほとんどの場合、安心感につながるだろう。リアもフロントもかなり安心感を高める方向に振っているようだ。
高性能パーツやカーボンパーツを惜しみなく盛り込んでいるからといって、闇雲に運動性能には偏らないのが「M」らしい。エンジンからも同様の印象を受ける。思わずハンドルにしがみつくほどの加速Gを発生するパワフルさだが、野蛮さや過度なアグレッシブさはない。回転上昇フィーリングは滑らかで、「電気でこんなにもうまく調教できるのか」と感心させられるほどだ。ひと言で表せば「上質」だが、より細かく説明すると「爆発の精度が高い」ということになるだろう。
等間隔爆発のエンジンは4気筒が90度間隔で爆発しているのだが、実際には90・5度だったり89.7だったりと、ごくごくわずかな誤差が生じてしまうものだ。ライダーは、これを若干のブレとして感じる。
しかしM 1000 Rのエンジンは、寸分の狂いもなく90度きっちりで爆発しているようだ。ブレなく正確に爆発する感覚が気持ちいい。ワイルドな外観のM 1000 Rだが、見た目とは裏腹にハンドリングはマイルドな方向だ。カーボンホイールが軽快さをもたらしているが、安定志向が強い。これは二輪のMシリーズに共通している思想のようで、M 1000 RRにも同じ志向性を感じる。RRも、落ち着きのある走りだった。
ただし、M 1000 Rが落ち着いているのは走りのテイストだけだ。ルックスの迫力はリアルレーシングモデルをも上回り、「最高級モデルを造る」というBMWの強い意思がほとばしっている。
だが、あくまでもリアルレーシングモデルではない。数々の高級・高性能パーツ、そしてそれらの煮詰め方は、性能を高めるためだけのものではなく、Mシリーズ独自の存在感をひときわ際立たせるためにある。
今までにないスペシャリティモデル、と言ってもいいかもしれない。ハイパフォーマンスは「速さ」のためではなく、ゴージャスな雰囲気や、スペシャルな佇まいを演出し、所有する喜びを満たすためにある。
バイクにおける「高級」の意味をBMW的な方法論で解釈し、「M」の称号にふさわしい形に落とし込んだモデル。それがM1000Rだ。