「コミュニケーション、マルチタスク、スケジュール管理」がキーワード!【藤田佳照/RIDERS CLUB編集部員】
藤田さんがバイク雑誌の編集者を目指したきっかけは?
A.学生時代に憧れた世界を体験してみたかったんです。
大学卒業後に一度は飲食系に就職して、そちらの世界も好きだったのですが、あるときにふと、若いころに自分が将来どんな仕事をしてみたいと夢見ていたかを考えたら、「あ、そういえば雑誌をつくりたかったんだ!」と思い出したんです。
僕は今年43歳で、つまりまだまだ雑誌世代。新製品を紹介する雑誌とか、情報が雑多に散りばめられた週刊誌とか、いろんな雑誌がいま以上に溢れていて、そして自由な誌面づくりが展開されていて、なんだかとても楽しそうな世界に見えたんです。
ただしここだけの話、16歳で原付免許、大学に入学して普通二輪免許を取って、ずっとバイクには乗っていましたが、バイク雑誌というのは読んだことがなかったんですけどね。
ということは、バイク雑誌のことを深く知らない状態で転職を?
A.ほぼ読んだことがない状態で募集面接に……。
飲食系の仕事を1~2年ほどやって、やっぱり雑誌の仕事をしてみたいと思ったとき、ちょうど人材を募集していたのが枻出版社(当時)のライダースクラブ誌でした。当時は京都に住んでいましたが、面接のために東京の本社を訪ね、当時の主要メンバーたちにあれこれ質問されました。
当然ながら「ライダースクラブ誌は読んだことがある?」とか「クラブハーレー誌は?」と聞かれるわけですが、そこは正直に「いえ、ないです」と……。これでは、話がたいして盛り上がるわけありません。自分としては「脈なしか……」と思いながら京都に帰ったわけですが、それから数日後に電話が来たんです。「ちょうどいま、新しいバイク雑誌で培倶人(現・BikeJIN)というのを立ち上げたんだけど、その編集部員として就職しないか?」という内容でした。
思いがけないお誘いでしたが、すぐに決断。だから僕は創刊3号目から、BikeJINの制作に関わってきたんです。
その当時は、ツーリング好きだったと聞きましたが?
A.バイクがあれば日本中どこでも行けると思っていました。
高校生で原付バイクに乗りはじめて、これがあれば隣りの県まで行けると感動しました。それがいわゆる中免を取得して、クルーザータイプの中古車を手に入れてからは、「日本中どこでも行ける!」に発展しました。いろんな場所に行きたいという願望が強く、友だちとツーリングしたり単独でキャンプしながらどこかを巡ったりしていましたが、いわゆる普通のツーリングライダーだったと思います。
とはいえ、当時のBikeJINにはちょうどよい人材だったのかも。スポーツライディングが中心のライダースクラブ誌に対して、BikeJINは幅広いライダーのバイクライフを応援する雑誌ですし、旅の要素も多いですから。
そんな藤田さんが、いまはライダースクラブ誌に?
A.じつはライダースクラブ誌は“出戻り”なんです。
BikeJIN編集部には3~4年ほど在籍したと思います。そこからドゥカティとBMWのムックを制作するチームに異動となり、しばらく経ってからそのうちのドゥカティムックを引き連れてライダースクラブの編集部に。
さらにそこから1年ほど経って、ハーレーダビッドソン専門誌のクラブハーレーに異動になりました。そこで約9年間、カスタムやファッション中心の記事を制作していました。ライダースクラブに戻ってきたのは今から1年半くらい前ですかね。
BikeJIN編集部在籍当時は、ツーリングライダーとしては趣味と実益を兼ねたような仕事でしたが、逆に自分が膝を擦る日が来るなんて想像すらしていませんでした。それがライダースクラブ誌に異動してスポーツライディングの日々になり、さらには以前から興味があったハーレーダビッドソンの世界へ。
再びライダースクラブ誌に戻ってきたら、9年間のブランク中にとんでもない電子制御の進化があって、浦島太郎状態になりながらもまた感動の日々……と、バイクの世界ということは共通ですが、いろんな体験をさせてもらっています。
二輪雑誌の編集という職業で、とくに魅力だと感じている要素は?
A.インサイドに入れること、アウトサイドに発信できること。
プレスという立場だと、一般の人々が入れない場所に立ち入ることができたり、普通では会えないような人にインタビューできたりすることがたくさんあります。インサイドが見られるということも、大きな魅力です。
誰かに取材をして、それを誌面で伝えるときは、我々次第でその人が持つ世間の印象が変わることもあります。だからとても気を遣わなければならないという想いがある一方で、発信していくという魅力もあります。
いわゆる一般のマスコミと呼ばれるような職種と、二輪雑誌の編集というのは、だいぶ違うと思います。そもそも、バイクはほぼすべての人にとって趣味の乗り物で、コアな世界でもあります。かなり特殊な環境ですが、“趣味”という共通ワードがあるせいか、取材の環境や相手はフレンドリーな空気に包まれていることが多く、その中で取材対象の魅力を探し、一般のライダーに伝えるというのが、根本的な仕事内容だと思っています。
これまで、仕事でスゴい人たちに会ったことも多いですか?
A.取材相手としてお会いする人たちだけでなく、仕事仲間のスキルに感動!
これまでの編集人生で、プロライダーや超有名カスタムビルダーやメーカーの首脳陣など、多くの“スゴい人たち”に会わせていただいてきました。
そういう誰が見てもスペシャルな経験以前に、普段のちょっとした撮影でも、カメラマンという言わば“仕事仲間”に感動したことが多々あります。そもそもカメラマンと一緒に仕事をするなんて、雑誌の編集などに携わっていないとなかなか経験できるものではありませんが、バイク雑誌業界には一流のカメラマンが多数います。
編集経験が浅い時代のことです。自分も同じ撮影場所にずっといたのに、納品された写真を見て「こ、これどこで撮ったの!?」となることがたくさんありました。
じつはいまでも、そういう経験はあります。本物のプロカメラマンは、我々にはない視点で空間と時間を切り抜きます。そのクリエイティブ能力に感動させられると同時に、同じチームで仕事ができることが本当に恵まれていると思えるし、彼らの写真を自分が編集という作業で使うことに多少のプレッシャーも感じつつ、大きな刺激をもらい続けています。
これも、編集という仕事が持つ大きな魅力だと思います。
例えばこの写真の場合、実際はもっと明るく、空のコントラストもあまりない、メリハリのない印象の現場だったのだが、仕上がりを見てびっくり。それをストロボとレンズの使い方によって、車体をドラマチックに引き立ててくれた。
取材対象者で、とくにスペシャルだったお相手は?
A.アレン・ネスさんとウイリー・G・ダビッドソンさんです!
この業界に入るまではツーリングライダーで、有名レーサーと言われるような方々のことはほとんど知らなかったので、レース系の方々と一緒に仕事させていただいたり取材させていただいたりしたときに、震えるほど感動した経験はあまりないのですが、クラブハーレー誌に在籍している時代に米国でアレン・ネスさんとかウイリー・G・ダビッドソンさんにインタビューさせてもらった時間は、現在でも自分にとって宝物です。
アレン・ネスさんというのは、ハーレーダビッドソンをベースにさまざまなカスタム車両を製作して、その後のカスタムシーンに多大な影響を与えた人物。ハーレー好きな僕にとっては神様のような人だったのですが、そんな彼が僕たちを自宅に招いてインタビューに応じてくれたというのは夢のようでした。しかもそのとき“神様”は、一緒に食事をしてワインを飲んで、僕のつたない英語での質問も必死に理解してくれて、「わからないことがあったらメールでもなんでも連絡してね」と……。“神様”はとてつもなくフランクだと知ることができたし、そもそもこの仕事をしていなければ彼の自宅で一緒にグラスを傾けるなんてことは絶対になかったはずなので、このときばかりは本当に役得だなあ……と感じました。
ウイリー・G・ダビッドソンさんは、ハーレーダビッドソン創始者の子孫にあたる人物で、長年にわたりハーレーのデザインを担当してきました。ウイリー・Gさんには、ハーレーの米国本社でインタビューさせていただいたのですが、これもハーレー好きな僕にとっては震えるほど感動を覚えた時間でした。
サンフランシスコのアレン・ネスさんの自宅には2度も訪問させて頂いた。
ガレージにある彼のカスタムをのぞき込んでいると、自ら近付いてきて、身振り手振りでいろんなことを教えてくれた。
彼は本当にバイクが好きなんだなと実感した瞬間だ。
ハーレー社のデザイナーとして活躍し、数々の名車を作ってきたウィリー・Gさん。
インタビューの際、彼の顔がプリントされたTシャツを着ていったら、非常に喜んでくれた。
彼もとてもフランクに僕の質問に答えてくれたのが印象的だった
そんな藤田さんから見た、ライダースクラブ編集部の特徴とは?
A.編集部員がバイクに乗る機会が、他誌と比べて多めかも。
スポーツバイクというジャンルに関して、編集部員がみずからバイクに乗ってインプレッション記事を作成したり、さまざまなライディングテクニックの特集で生徒役を務めたりする機会が、他の二輪雑誌と比べて多いと思います。もちろん、インプレッションを記事にするというのは特殊な仕事で、なかなか難しいところがあるのですが、自分が感じたことを伝えるやりがいもあります。
僕の場合、ライディングスキルは一般的なライダーの標準レベルくらいだと思っていますが、だからこそ多くの読者にプラスとなることもあると思います。自分のレベルでAとBでどちらのバイクが何秒速いみたいな話をしても意味がないと思うので、そういう要素とはまた違った視点で、そのバイクの長所やときにはもっとこうだったら……というようなことを、記事にするように心がけています。
もちろん、最初はまるでうまく書けなかったのですが、これはきっとみんな一緒。僕の場合は、「とにかく乗ってみる、経験してみる、経験したことを覚えておく」を意識して継続することで、インプレッション記事を書くということに関して少しずつスキルアップしてきました。
幸いにも、少なくともこれまでのライダースクラブ誌には、バイクに乗る機会はたくさんあったので、学べる環境にありました。
編集部員以外に、いわゆるプロライダーが乗ることも多いですよね?
A.彼らのコメントを引き出すのも、重要な仕事です。
ライダースクラブ誌では、元または現役のレーシングライダーという肩書きを持つプロフェッショナルと仕事をすることも多いのですが、ときにはライターではなく編集者が、彼らのコメントを記事化します。
レーシングライダーは、ときに独特な表現やレース業界のみに浸透している言葉でバイクの挙動や性能を伝えてくることも多いのですが、やはり最初はそれが意味するところをしっかりイメージできずにいました。
しかしこれも、仕事を続けていくうちに少しずつ理解できるようになります。大切なのは、わからないことがあったときに、ちゃんとその場で確認すること。適当に聞き流してしまっていると、例えば「このエンジン、ガツンと来るね」と言われたときに、それが良い意味か悪い意味としての表現なのかがわかりません。ガツンとパワーが発揮されて気持ち良いこともあれば、ガツンとパワーが立ち上がりすぎて扱いづらい場合もあるわけです。
前後の会話からその判断ができない場合に、しっかり確認することで、少しずつ“聞き出す力”も上がってくると思います。
そしてこれは、プロライダー相手だけでなく、一般ライダーにインタビューするときでも、メーカーやディーラーの方々から話をうかがうときも同じ。「それってどういうことだろう?」とか「それは何だろう?」とか「この人はどういう想いや背景があってこの発言をしているのだろう?」など、常に興味を持ち深く考えることが大切ですね。
となると新しい編集部員に求める能力もそのあたりに?
A.やはりコミュニケーション能力は必要だと思います!
もちろん、最初からバイクに詳しいとかレース経験があるとか乗るのがうまいとかだったら、バイク雑誌の編集部員としては有利になるとは思いますが、それは一番重要なことではありません。でも、コミュニケーション能力だけは必須。
例えば、インタビュー相手に警戒心を持たれた状態では、おもしろい話を聞きだせるわけがありません。他人の発言に興味を持ったり疑問に感じたことを質問できなかったりしていたら、プロライダーやインタビュー相手との意思疎通がうまくできず、もしかしたらそれでも記事は完成させられるかもしれませんが、そこには読者に伝えるべきことが詰まっていないかもしれません。
といっても、妙に明るいとかいつでも誰とでも仲良くなれる能力が必要というわけではないんです。はっきり言ってしまえば、人見知りでも別に構わないんです。でも取材の瞬間だけは、人や物に興味を持って接することができることが、編集者向きの人物だと感じています。
その他、編集者として持っていると望ましい能力や性格は?
A.マルチタスクができることも重要ですね。
これはライダースクラブ誌に限ったことではないのですが、二輪雑誌編集の仕事ではいろんなことが同時進行していきます。企画を任せられる立場になると、最初はその数がひとつやふたつかもしれませんが、徐々に本数が増えていきます。月刊誌の場合、1ヵ月間でそれらをカタチにしていくわけですが、ひとつずつアポイント、取材や撮影、記事作成、校正……なんてやっていたら、何本もの記事を仕上げることができません。
だから、例えば自分が受け持った10本の企画を、同時進行させていきます。もちろんその中には、フリーランスのライターやカメラマンに依頼して取材と撮影を頼むものも含まれているので、すべて自分で取材や執筆をするわけではありませんが、とはいえフリーランスへの仕事オーダーや進行管理など、編集者が受け持つ部分もあるわけです。
そこで、1ヵ月の間にライテク特集とウエア特集とイベント紹介とあれやこれや……なんてモノを、どうやって進めていくかの能力が問われるわけです。しかもライダースクラブ誌では、ライディングパーティというサーキット走行会を主催しているので、編集作業にプラスしてそれに関する仕事が入ってくることもあります。さまざまなメーカーとコラボレーションしたオリジナルアイテムを企画・販売するという仕事もあるので、これも編集作業と同時進行することがあります。
どの仕事も同じだと思いますが、その中でもとくに編集の仕事というのは、マルチタスクが求められます。内容が異なる複数の仕事を同時に進行させ、着実に処理する能力に優れている人は、とくにライダースクラブ誌の編集部員に向いていると思います。
新しい編集部員に、マルチタスク能力を上げる秘訣を伝授するなら?
A.自分なりの方法を見つけると、意外と慣れていくものですよ。
マルチタスクというのは、自分に与えられた仕事の全体像をしっかり把握することで高められるかもしれません。例えば10本の企画を受け持つようになったとき、同時進行とは言っても、すべてを同じように進められるわけありません。ページ数の多い特集もあれば、再来週にならないと取材できない案件もあれば、比較的簡単に処理できる企画もあるわけです。
例えば、すごく重い企画を受け持ったとき、そこに集中しすぎて何日もスタックするくらいなら、それはひとまず置いておいて、軽めの企画をフィニッシュに近い状態まで進めてしまうほうが、最終的にすべてがうまくいくかもしれません。そういう判断をいつも考えながら、1ヵ月のスケジュールを管理していくことができれば、意識しなくてもマルチタスクが上手になると思います。
「集めて編む」と書いて編集。雑誌づくりには、ライターやカメラマンやデザイナーや広告部員や印刷所のスタッフなど、とにかく多くの方々が関わっています。その中心となってメンバーを動かし、スケジュールを管理するのが編集者。それをいつも意識して仕事をしていれば、スキルは徐々に磨かれていくと思います。
ということは、スケジュール管理こそが編集の重要任務?
A.管理もそうですが、修正のうまさも求められます。
もちろん、多くの方々とチームを組んで進めていく仕事ですから、自分に原因がなくてもスケジュールが崩れることは多々あります。そういうときに、どのようにリカバリーしていくかを考えるのも編集の仕事。ぜひ「スケジュールが守れる人」に新しい編集部の仲間になってもらいたいと思っていますが、それは1分1秒を正確にということではなく、校了という最終的なゴールに向けてという意味です。当初の予定どおりにならなくても、その後にリカバリーして最終的な〆切に間に合えば問題はないわけです。
なんて言うと、「やっぱりどこかで馬車馬のように働かなければならなくなりそうだし、雑誌編集業界はブラックなのか……」なんて思われてしまうかもしれませんが、じつはちょっと違います。僕の場合、イベントの主催や取材がない土日をちゃんと休み、なおかつ深夜まで働くことがないような時間割で、ざっくりとした1ヵ月のスケジュールを最初に決めます。そして仕事を進めていったときに、予定が大幅に狂ってしまうこともありますが、そこで初めて、残された土日をとりあえず稼働日として“借りてくる”かどうかを思案します。でも、ムリはしません。
若いころは、自分が何日も徹夜してなんとか仕事を終わらせよう……なんて考えたこともりましたが、もうそういう時代ではないし、じつはそこまでがんばっても結局パンクするなんてこともあるわけです。
それなら、「あれ、もしかしたら危ないかも……」と思った段階で、他の編集部員にヘルプを求めるとか、外部の人間に仕事を振ればよいわけです。「悲鳴を上げる」というのも大事な能力。とくに編集部に入って最初のうちは、すべてうまくいくわけなんてないのですから、すべてを抱えてあたふたせず、周囲の助けをどんどん求めればよいと思います。そうやって何年かこの仕事を経験しているうちに、コミュニケーション能力もマルチタスクもスケジュール管理も、加えてもしかしたらライディング技術も、きっといつの間にか磨かれていると思います。