メンテナンススタンドを世に広めた、J-TRIPの物造り【森 賢哉さんインタビュー】
レース界で圧倒的な支持を得ている、J-TRIPのメンテナンススタンド。同社はメンテナンススタンド専業メーカーであり、世界に目を向けても稀有な存在。J-TRIPは、なぜスタンドを造り始めたのか? 何を考えスタンドを造り続けているのか?代表を務める森 賢哉さんの横顔に迫りつつ、その想いを聞いた。
PHOTO/K.OHTANI, K.NATSUME TEXT/K.ASAKURA 取材協力/ 森製作所 TEL072-941-5151 http://j-trip.co.jp/
〝こう造った方が絶対に良い〟信頼性を追求し、アイデアを盛り込みスタンドのトップブランドに
メンテナンススタンドのトッブブランドとして知られるJ-トリップ。代表を務める森賢哉さんは実に多彩だ。自社の業務をこなす傍ら、イベントMCとして舞台で軽妙なトークを披露。ライダーとして全日本ロードレース選手権に参戦してみたり、アマチュアレースの盛り上げ役を買って出るなどモータースポーツの普及活動にも熱心だ。身体障がい者の方にバイクを楽しんでもらうための活動「サイドスタンドプロジェクト」で先導ライダーを務める様子を目にしたこともある。
バイクに関わるイベントで、森さんの姿を見ないことはない……と言い切ってしまうのは大げさだとしても、それくらい精力的に動いている。そしていつも楽しそうなのだ。この人は、どんなことを考えながら日々を送っているのだろう? それを知りたくて、森さんを訪ねた。
森さんがバイクと出会ったのは、高校生の頃のことだという。「高校がメチャクチャ厳しい学校で、夜遅くまでミッチリ授業があった。放課後の自由時間なんかない。だから、バイトするのなら早朝しかなかったんです。新聞配達をするために、原付免許を取ったんです」
この新聞配達のアルバイトが、その後の人生を決めた。
「朝の配達が終わった後、バイトの先輩が『バイクの練習に行こう』と言うんです。こっちは乗り出したばかりですし、そら練習も必要かもしれん……と、配達用のカブで付いて行ったんですね」
連れて行かれた先は地元の峠道。「いやあ、衝撃でしたね。こんな面白いモンがあるのかと、一発でハマりました」
時は1980年代半ば、日本には空前のバイクブームが訪れていた。日本中の峠という峠にライダーが集まっていた。いわゆる〝走り屋〞というやつだ。当時は社会問題化もしていたし、今となっては褒められた話ではない。だが、当時の若者にとって、バイクに乗ることと峠に行くことは通過儀礼のようなものだった。「バイト先からカブを持ち出して、サーキットを走ったこともありましたね。ココだけの話、お店には秘密でした。悪いことしたなあ(笑)」
そのアルバイト先のバイクをメンテナンスしていたバイクショップにも出入りするようになり、常連からミニバイクレースに誘われた。
「当時スズキのGAGってあったでしょう? あのバイクをレンタルして出られるレースがあったんです。それにエントリーしました。面白かったですねえ。コーナーを曲がること、膝を擦ること、タイヤの違いや、転んで痛い思いをすること。峠も面白かったですけど、サーキットはそれ以上。全てが新鮮でした」
その後、スズキRG50Γを入手。すぐにレースに出場し、2回目のレースで早くも表彰台に上がっているというからたいしたものだ。森さんはレースの世界にどっぷりとハマり、休日のサーキット通いが始まる。一年浪人して大学に進学すると、バイクサークルに入り、学生時代はバイク漬けの日々を送った。
そんな森さんが、バイク業界に入ったのは家業を手伝うためだった。
「親族で金属加工の会社をやっていて、そこでバイクパーツの下請け製作をしていたんです。ZパーツやO-BIGのハンドルとか、メーカー純正のメンテナンススタンドも造っていましたね」
これが、現在のJ-トリップなのかというと、そうではない。元の会社は家庭の事情で一度たたんだ。「会社がなくなったとはいえ、仕事をしないと食っていけません。そこで思いついたのがメンテナンススタンドだったんです」
それまでは、あくまで下請け工場。発注先からのオーダーに従っての製造を行っていた。だが、森さんには「ココをこう変えれば、もっと使い勝手がいい。もっと強度を出せる」といったアイデアがあった。28歳の時J-トリップを立ち上げ、自分で考えたオリジナルのメンテナンススタンドを発売した。
「支点のローラーはないし、高さ調整機能もない。スイングアームを支持する受けの部分は、ゴムを巻いたバーのみという、いちばんシンプルなスタンドでした」
だが、このスタンドがいきなり大ヒットを飛ばす。その理由のひとつが汎用性の高さだった。それまでのスタンドはメーカーや車種ごとに適合が異なり、バイクを替えると使えないものがほとんどだった。J-トリップのスタンドは、メーカーや車種を問わずに使用することができたのだった。この初のオリジナル製品がヒットしたことで、他に類を見ない〝バイク用メンテナンススタンド専業メーカー〞というブランドの確立へと繋がっていったのだ。
メンテナンススタンドは、構造自体は簡単だ。言ってしまえば、形を似せたものを造ることはできる。実際、J-トリップのフォロワーと思われる製品が市場に溢れている。だがレースの世界では、同社製のスタンドが圧倒的なシェアを誇っている。ヤマハファクトリーレーシング、ヨシムラ、ハルクプロ、TSR等々、そうそうたる面々が、このスタンドを使用している。その理由は、何より信頼性の高さだ。
「本来の使い方ではありませんが、ウチのメンテナンススタンドは、スタンドアップした状態で、バイクに人が乗っても壊れないだけの強度を持たせてあります」
バイクにとって路面との最大のコンタクトポイントであるタイヤが、宙に浮いているスタンドアップ状態での安定性は低い。そこで大切になるのがスタンドの強度だ。J-トリップ製スタンドはとにかく強い。多少揺さぶったくらいではビクともしない。その強度を出すため、気をつけている点を聞いてみた。
「手を抜かないことです」
なんとシンプルな答えか。設計に工夫を凝らし、素材を吟味し、精度を徹底追求して製作する。モノ造りの基本かもしれないが、これが実に難しい。品質を維持するため、スタンド製作のほぼ全ての工程を、自社で行う環境を整えている。そして今、森さんはこう考えている。
「ライダーの年齢層が、すごく上がっていますよね? 体力も落ちるし、スタンドをかけるのも大変になっているはずです。メンテナンススタンドを開発する時には、より軽く、より簡単にスタンドアップできるように考えて設計しています」
J-トリップではスタンドの改良を進めるだけでなく、正しいスタンドの使い方を説明した動画を製作し、ユーチューブなどで公開している。その動画に従ってスタンドアップ作業を行うと、安定した状態で驚くほど軽くスタンドがかけられる。
「スタンドが原因で、ユーザーさんのバイクをひっくり返すようなことは、絶対にあって欲しくありませんから。スタンドアップって、メンテナンスの第一歩だと思うんです。タイヤがフリーに回せる状態は、メンテナンスでの使い勝手の良さが段違いです。トラブルも見つけやすくなるんですよ。ドライブチェーンの劣化とか、一目で気付ける。バイクは自分で弄らないという人も、洗車する時に使うと便利です。ホイールの掃除が全然ラクですから。ホイールがキレイだと、バイクがカッコよく見えますよね。スタンドは、バイクのコンディション維持のために、いろいろな面で役に立つんです。ライダーの皆さんには、完調のバイクで楽しく走って欲しい。ですから、J-トリップのスタンドは〝レーシング〞ではなく〝メンテナンス〞スタンドなんです。そこはこだわりですね」
この連載の取材時、インタビューの最後には必ず「どんなことでも構いませんので、何か言い残したことはありませんか?」と聞くようにしている。そこで、面白いエピソードが飛び出してくることもある。記事作りの裏側を明かしてしまえば、その人の人生訓であったり、モノ造りについてのこだわりといった言葉を期待しての質問で、キャッチフレーズに使えるような、カッコいいセリフを求めている。だが、森さんからは意表を突かれる言葉が返ってきた。
「そうそう、コレは書いておいてくださいね。声を大にして言いたい! 最近、リターンライダーの方が事故を起こしたというニュースが多いですよね? リターンした方に限らず、事故の原因って絶対にスピードの出し過ぎがあると思うんです。スピードさえ落としていれば、防げる事故はたくさんあるんです。公道は無理する場所じゃありませんからね、スピードを出すならサーキットです。バイクは安全に楽しまないとダメです。せっかく楽しいバイクで、怪我なんかしたらダメですよ!」
自分のことはおろか、J-トリップ製品のアピールですらない。森さんの口から出てきたのは、ライダーの身を案じる言葉だったのだ。森さんは、本当にバイクとその存在が紡ぎ出す世界、そしてバイクを愛する人たちのことが好きなのだ。この人と話が出来たことが、とても嬉しい。