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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|8限目:体重移動の効果

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察 バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

【Prof. Isaac辻井】
元ヤマハのエンジニアでLMWやオフセットシリンダー等さまざまなバイク技術の研究開発を担当。大学客員准教授でもありニックネームは「プロフェッサー」

極低速は苦手

免許試験における必須課題の代表格と言える一本橋。これ、正直に言って私はあまり得意ではなく25秒前後が限界です。そもそもバイクは速度が出ることで安定する乗り物です。ジャイロモーメントがほとんど発生しない極低速では、ライダーがバランスを取らなければならないので技量が問われます。

しかし、街中では渋滞など一本橋に近い速度で走行することもあり、ある意味避けては通れないタスクと言えます。読者の多くは既に免許を取得されているとは思いますが、今回は初心に帰っていただければ幸いです。

【tips_1】4つの基本+α

トライアル選手はスタンディングができるので体力の続く限り一本橋の上にとどまれますが、それでは一本橋のコツにならないので、極低速で前進走行している前提で解説させていただきます。

一般的によく言われるのが「1:目線、2:ニーグリップ、3:ブレーキはリアのみ、4:半クラッチで速度調整」です。そして、いずれもちゃんとした理由があります。 まず目線。基本は前方を見るのですが、一本橋では遠くを見るより前輪の数m先(図1)を見た方が、タイムを稼げるかと私は思います。

人間は目からの情報を処理してバランスをとっています。目を瞑っての片足立ちはかなり難しいですよね。そういう意味では少なくとも一本橋の幅が視野に入っていた方が脱輪しにくく、一本橋に対して真直ぐ進むことができると言えます。高速走行と違い一本橋では私はあまり遠くを見るのはお薦めしません。

ニーグリップはバイクをホールドすることなのですが、力学的には身体をバイクにホールドすることで、実は的確なハンドル操作を行えるようになるのです(図2)。

低速ではハンドル操作した時の前輪の摩擦が強く、操舵トルクが意外と大きいので、身体をバイクにホールドしていないと反作用で身体が動いてしまい、思った以上にハンドルが切れなくなります。正確で適切なハンドル操作でバランスを取るためにもニーグリップは必須とも言えます。

極低速で走行中は、前輪ブレーキで減速するとカックンとなって最悪はエンストなんてこともあるので、リアブレーキで操作した方がスムーズに速度調整ができます。よく言われるように、ステップも含めてブレーキペダルを踏む(図3)と、微妙な踏力調整ができます。また前輪とは異なり、リアは後方へ引っ張るように減速力が発生するので、少々ラフなブレーキでもカックンブレーキにはなり難いのです。

さらに半クラッチ(図4)を上手に使うことで加減速、つまり速度調整することができます。できるだけアクセルやブレーキを使わずに速度を調整した方がスムーズでピッチングの姿勢変化も少なく、安定した走行が可能になります。これだけでも大型二輪の基準タイムの10秒以上を稼ぐことは可能だったりします。

この4つの基本は教習所でも教えてくれますし、皆さんには釈迦に説法だったかもしれません。しかし、実はそれ以外にもコツがあるのです。

【tips_2】車両の安定性

車両が安定してくれるとライダーは楽になります。究極はヤマハのAMCESやホンダのHRAになるのですが、それら自立してしまうバイクでは運転免許試験にならないので、通常の試験用車両ベースに、いかにすれば車両が安定するかを解説しましょう。

1限目(’23年3月号掲載)に「何故バイクは倒れずに走行できるのか」というテーマで解説させていただきました。実はそこに低速でもバイクの安定性を向上させるヒントが隠されています。この時は「バイクは走行中に前輪が左右に操舵することで、重心ベクトルと重心三角形が重なり転倒せずに走行できる」という原理を解説させていただきました。

一方、一本橋での安定とは一言でいうと「フラつかない」ことで、フラつきの延長線上に脱輪という悲しい現象があります。

これをご理解いただけると、ポイントが2つあることも理解できます。ひとつは操舵、そしてもうひとつは重心位置と重心三角形の関係になります。

【tips_3】操舵の重要性

車速が少しでもあれば、バイクはフラついた方に転舵することで、重心ベクトルと重心三角形が重なることで、バイクは安定します。バイクのフラつきを正確に三半規管にて検知し、必要最小限の前輪操舵を素早く行えば、はたから見るとまったくフラついていないように見えるぐらい安定します。しかし、それができれば苦労しないと言うか、教習所の教官になれます。

そこで私のリコメンドは、無意味なぐらいハンドルを左右に転舵を繰り返すことです(図5)。

信じられないかもしれませんが実は意外と理にかなっていて、私はこれで30秒以上のタイムを出したこともあります。人間には応答遅れがあり、人によって異なりますがどうしてもワンテンポ遅くなることがあるのです。タイミングよく瞬間的に操舵力が発生すればよいのですが、適切な力が出るまでに、これまたワンテンポ遅れることで、舵角が足りなかったりします(これを専門用語で時定数が大きいと言います)。

それを解消するにはフィード・フォワード(予測制御)しなければならないのですが、それができるのはトライアル選手ぐらいです。従って、私のような一般的な身体能力の人は無意味なぐらいハンドル操作することでフィード・フォワードに近い状態になります。ただ、はたから見ているとグラグラしているように見えるので免許試験にはあまりお勧めできないかもしれませんが、応答遅れも改善され、バイクを安定させるために必要な舵角も発生させることができ、脱輪することなく極低速で前進できます。タイムを稼ぎたい方は騙されたと思って一度お試しください(笑)。

【tips_4】重心位置

次に重要なのが重心の前後位置なのです。重心が後方に移る二人乗りは、発進時にフラフラしやすいですよね。

これは少し難しいのですが、バイクがフラつくと、重心位置が左右にズレます。この時後輪の接地点(図6の赤点)と重心位置を結んだ線の延長線上に前輪接地点(同青点)が来るとバランスが取れるわけです。よって、前輪がステアすることで接地点が前述の線上へ移動するわけですが、重心位置が後方よりも前方にある方が同じ量だけフラついても後輪の接地点から重心へ向かう角度が小さくなり、バランスをとるための舵角も少なく短時間でバランスが取れるのです(図6)。

私はこれ実証するため、カウル前方に買い物カゴがついているスクーター(ハンドルにカゴが付いているモデルはNGです)に約20㎏の重りを積んでみました。すると超安定していて一本橋は楽勝、なんと30秒以上でした。またスクーターは遠心クラッチなので片手でも約30秒と驚異の安定性能でした。

ということで、運転免許試験車両に重りを乗せるわけにはいきませんので、ここはタンクに当たるぐらい前方に座り、やや前傾姿勢で少しでも重心を前方へとセットすることが効果的です(図7)。

【tips_5】ツーリングでのお薦め

重心位置による安定性は、実は高速でも同じことが言えます。フラつきとはヴィークルダイナミクス的にはウィーブという、ヨーとロールが連成する二輪固有の振動モードです。これは重心が後方になればなるほど発生しやすく、高速でもフラフラと揺れるように不安定になることがあります。実は、極低速のフラつきも動力学的には同じです。事実、欧州モデルでは「高速道路を走行する時はパニアケースの積載重量は〇㎏以下」とオーナーズマニュアルに記載されているものもあります。

そこで私のお薦めは、可能であればタンクバックにすることで、重心位置を少しでも前方にセットすることです。荷物の積む位置もバイクのセッティング項目なのです。

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