【DUCATI Team KAGAYAMA/赤の勝機】2024年3月9日.10日 全日本ロードレース選手権開幕
勝つために選んだ、スーパーバイク世界選手権のファクトリーマシン、パニガーレV4R。水野涼のライディングによって、デビュー戦から圧巻のパワーを見せつけた。ポテンシャルは確認できた。あとは、まとめ上げるだけ。勝機は、すぐそこに。
PHOTO/S.MAYUMI
TEXT/G.TAKAHASHI ’S.MAYUMI
高性能なマシンだからこそその扱いは容易ではない
1コーナーに、真紅のマシンが勢いよく飛び込んだ。V4エンジンの迫力あるサウンドが轟く。ドゥカティ・チームカガヤマの水野涼だ。新しいチーム、新しいマシンによる、記念すべきホールショットである。
すぐ後方にピタリと付けた黄色のマシンは、ダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギの長島哲太。逆バンクで水野のイン側にマシンをねじ込むと、トップを奪い取る。
ダンロップタイヤを履く長島には、「序盤でいかに逃げるか」という選択肢しかなかった。水野がそれを、やすやすと打ち砕く。1周目を終えてのメインストレートであっさりと長島のCBR1000RR-Rをパスすると、首位の座を奪い返した。ドゥカティ・パニガーレV4Rのパワーは、本物だった。
水野、長島の後ろにつけた青いマシンは、ヤマハファクトリーレーシングチームの中須賀克行だ。トップに立ってじわじわとリードを広げる水野を逃さないためにも、間に入っている長島を早く抜きたい。3周目から4周目に入るメインストレートで長島をパスした瞬間、後方の最終コーナーで土煙が上がった。
トーホーレーシングの渡辺一樹の転倒により赤旗が掲出され、レースはクイックリスタートによる完全なやり直しが宣言された。
2度目のスタートでホールショットを奪ったのは、長島だ。中須賀、岡本裕生のヤマハファクトリーが続く。水野はわずかに出遅れたが、裏ストレートでパニガーレV4Rのパワーを解き放つ。岡本、中須賀、そして長島までも一気に抜き去り、トップに立った。
このまま水野が後続に差を付け、独走してもおかしくないほど、別次元のパワー差だ。しかし、中須賀が水野の背後にぴたりと貼り付いて離れない。ふたりは長島以下をどんどん引き離していく。
中須賀は水野を逃さない。真後ろで水野の様子を観察し、時に揺さぶりをかけながら、機を伺う。そして7周目、スプーンカーブの進入で中須賀が水野をパスする。すぐに裏ストレートに入るが、その手前で水野は振り返って後方を確認する。ここで勝負がついた。中須賀がリードを守り、水野が食らいつく。
10周目、ヨシムラSERTモチュールの渥美心が転倒し、セーフティカーが導入された。その間に3コーナーでチームコダマの児玉勇太が転倒。赤旗が掲出され、そのままレースは終了した。
優勝は中須賀、2位水野、3位に岡本がつけた。
1回目のレースが、7分。2回目のレースが、25分。合計32分間の荒れたレースだったが、真紅のドゥカティ・パニガーレV4Rと水野涼は、鮮烈なデビューを飾った。マシンを手にしてから決勝レースに至るまで、走行できたのはわずか5日間。準備期間はほとんどなかったと言っていい。スーパーバイク世界選手権のチャンピオンマシンとは言え、いや、チャンピオンマシンだからこそ、そのパフォーマンスをすべて引き出すのは容易ではない。
「ファクトリーマシンは非常に高度なシステムで組み上げられている。機能させるだけでも、想像以上に大変なんです」と、ドゥカティ・チームカガヤマの加賀山就臣監督は言う。
「だから当然、ファクトリーチームだけが取り扱うことができるマシンということになる。でもウチは、見ての通り完全なプライベーター(笑)。にも関わらず、今シーズンは特別に使わせてもらうことになった。まずは『走らせられるかどうか』が大きな課題だったんです」
そんな状態でのデビュー戦2位は、大殊勲のようにも思える。だがレースを終えた水野は、ひと言目に「悔しいです」と言った。「正直、短時間で仕上げたマシンで先頭を引っ張れるなんて想定していなかったので、そこはうれしい。ただ、レースでは勝つことしか考えていないので、2位という結果は負けでしかありません。そういう意味では、本当に悔しいですね」
2回目のレースで中須賀にパスされた前周から、マイナートラブルが発生していた。まさに短期間で仕上げたことによる課題だ。後方を振り返ったのは、「マシンのことも分かり切っていない状態なので、後続がどうなっているのかを考える余裕もなかったんです。あそこで後ろを振り返って、レースをどう組み立てるかようやく考えることができた」
いろいろな意味で、手探りのレースだった。自分が、相手がどこまでのペースで走るのか。タイヤの保ちはどうなのか。マシンセッティングの方向性はどうか。スーパーフォーミュラが走行してラバーが乗った路面のグリップはどうか……。
セーフティカーが導入された瞬間に、「負けた」と思った。
その後がどういう展開になったとしても、自分が中須賀さんの後ろにいた時点で負けだ。だから赤旗が掲出されても、何とも思わなかった。むしろ適切な判断だったと思う。
端々に悔しさをにじませる水野だったが、その表情にまったく曇りはない。いつものようにえくぼを浮かべながら、軽やかに微笑む。
「僕自身のライディングも、まだまだアジャストし切れていないような状態なんです。2位という結果は本当に悔しいけど、今の状態で、2分5秒台で走れてしまうパニガーレV4Rには、正直、ポテンシャルしか感じません。次のもてぎは獲れると思いますよ」
さらりと言ってのける。そこには何の気負いもためらいも誇張もなく、ただ純粋な自信だけがあった。レース後、加賀山の目には涙があった。本人は「そう?」と笑いながら否定するし、優勝すること、そしてチャンピオンを獲ることが目的のチームであり、ドゥカティ・パニガーレV4Rだということを考えれば、加賀山の涙はいささか時期尚早だったのかもしれない。
だが、彼が感極まってもおかしくないほど、ここに至るまでの道程は容易ではなかったのだ。「常に時間との闘いだったからね」と加賀山は振り返る。
「パーツの輸送ひとつ取っても、本当にいろんなことが起きた。何かが1日遅れても、今日、ここで走ることさえできなかったかもしれない。でも、結局はレースやバイクが好きだから、楽しくてさ(笑)。好きなことだから、頑張れちゃう」
レースで勝つことに加えて、加賀山は壮大なイメージを持っている。
「今回ありがたかったのは、レースファンやバイクファンの皆さんがウチのチームに注目してくれたこと。こうやって面白いことをやれば、ちゃんと反応があるんだよ。1年、2年って話じゃないと思う。でも、二輪業界全体の盛り上げにちょっとでも役立てたら、最高にうれしいよね。そうしてライダーも、メカニックも、レースに関わるみんながハッピーになること。それがオレの最終目標かもしれないな」
王座の可能性、そして業界の可能性まで乗せて、真紅のマシンは走る。