【DUNLOP Racing Team with YAHAGI/見えている未来へ】2024年3月9日.10日 全日本ロードレース選手権開幕
あまりにも鮮やかなその速さは、開幕戦でも頭ひとつ抜けていた。長島哲太+7C+ダンロップが一丸となって進む道は、決して平坦ではないだろう。だが、未来は見えている。誰もが同じ目標に向かって走り出す。
当たり前ではつまらないあえて選んだ「困難な道」
開幕戦は、どうしても長島哲太を撮りたかった。それには訳がある。
昨年末に、中須賀克行選手と長島哲太選手の対談を撮影させていただいた。その時に聞こえてきた長島選手の言葉が、いつまで経っても私の心に引っ掛かっていたからだ。
ファインダーを覗き、長島選手の表情に集中しつつも、彼の発する言葉が強くに耳に入ってくる。「周りの人たちが何とかしてくれると思っていないか」「自分で切り拓かないと、つかみ取れない」「その道でやっていく覚悟がどれだけあるのか」
若手ライダーに向けての発言だったのだが、レース以外の何事にも通ずる言葉だと思った。
今の自分を振り返ると、正直、情けなくなる。自分はすっかり受け身になっていたのだ。待っていても何も来ない。自分から動かなければ、何も始まらない。長島選手の言葉に、そのことを強く思い知らされた。
そして、私の中でくすんでいた気持ちをもう一度晴らしてくれた「長島哲太」という男の戦う姿を、私は無性に撮りたくなったのである。
1992年生まれ。2008年に15歳で全日本デビューしGP-MONO(国内ライセンス)チャンピオンを獲得。2020年のMoto2開幕戦のカタールGPで世界選手権初優勝を果たす。2021年よりHRCテストライダーとなりMotoGPにスポット参戦、鈴鹿8耐2連覇
2月1日、長島選手が「ダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギ」から全日本ロードレース選手権JSB1000クラスに参戦することが発表された。ワークスではないプライペートチームから、ダンロップタイヤの開発を兼ねての参戦だ。3年計画で勝てるタイヤを作り、チャンピオンを目指すという。
ダンロップタイヤは、近年、全日本JSB1000クラスや8耐において苦戦を強いられているのが現実だ。有力チームは、すべてブリヂストンタイヤを履いていると言っても過言ではない。
そんな中で、レーシングチーム7Cの藤沢裕一氏から「オレと一緒に、ダンロップを勝てるタイヤにしないか」とオファーされたのは、昨年7月頃だったという。
藤沢氏は、長島選手が10代で全日本ロードにデビューした時のチーム監督だった。「モト2にも来てほしかった」と言うほど、長島選手は全幅の信頼を置いている。今回のプロジェクトのキーマンでもある。
「最初はビックリしましたよ、正直(笑)。関係者を含め、多くの人から『なんでダンロップなの? 無理だよ』とも言われました」
’24年のレース参戦に関しては、他にもオファーはあった。しかし長島選手は、あえて簡単ではなさそうな道を選んだ。ここに、大きなやりがいを感じたからだ。
「速いバイクに乗って、速く走るのは当たり前じゃないですか。勝って当然じゃ、面白味がない」と、長島選手。「それに、藤沢さんに声をかけてもらったら、もう『はいっ!』ですよ(笑)」
「やるからには、絶対に勝ちたい。そのために1番大切なのは、何よりもライダーとの信頼関係です」と、藤沢氏は言う。
「うちのマシンを預けられるだけのライダー、そしてすべてを一緒に背負って戦ってくれるライダーは、テツしかいないんですよ。
今回のプロジェクトは、テツでなければ成り立たない。だからダンロップさんと話した時も、『もしテツがノーだったら、この企画を受け取ることはできない。他のライダーという選択肢はありません』と、明確に伝えていました」 長島選手は「そんなこと言われたら、落ちちゃいますよ」と笑う。
ダンロップの思いも同じだ。MCレースタイヤ開発グループ課長の芝本昇平氏は言う。「実績、年齢ともに、長島選手以上に私たちの希望に合致するライダーはいませんでした。
今回のプロジェクトは社内的にもかなり大きなものですが、長島選手には予算を確保するための説得力もあったんです。長島選手でしか成立しない、という思いは、我々もまったく同じでした」 それぞれの考え、思い、タイミングがすべて一致して、「ダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギ」は誕生した。何かひとつでも欠けていれば、今年の全日本に黄色いマシンの姿はなかっただろう。
開幕戦・鈴鹿は、晴れてはいるが気温が低く肌寒い。木曜日のスポーツ走行から、長島選手はいきなり速さを発揮する。初日は2番手。そして翌日の走行では、唯一2分5秒台のトップタイムを叩き出した。
「もちろん自分も頑張ってはいますでもなぜ頑張れるかって、藤沢さんやダンロップさんがそれぞれの仕事に、本気で取り組んでくれているからなんですよ。そのベースがないと、いくらライダーが頑張ってもタイムは出ない。自分が信じられるタイヤ、マシンだからこそ、結果につながるんです。自分の仕事は、それらをさらに良くしていくことだと思っています。今まで誰もやっていなかっただけのことで、ちゃんとやれば目標を達成できると信じています。自分のライダー人生を懸けて取り組みますよ」
チームは、事前テストから本戦までのわずか10日間で、普通なら4戦分にもあたるバージョンアップを果たしたそうだ。長島選手がテストで要望を挙げたことは、すべて修正されていたという。
「そりゃサボれないですよね」と長島選手は笑う。「みんなが頑張っているから、自分も頑張ろうと思える。そこまでしてくれると、やっぱり気持ちも違う。それが信頼感なんです」
チームはライダーのために、ライダーはチームのために、全力で取り組む。その思いはダンロップも同じだ。彼らの姿を見ていると、3年計画のプロジェクトは当たり前のように達成するだろう、と思えてくる。
ファインダー越しに、アップで長島選手の表情を見続けた。鋭い眼つきになるのは、ほんの一瞬だ。ヘルメットを被っても常に淡々と、時には笑顔も見せながらセッティングを詰めていく。
その眼はいつも、自信に満ちている。藤沢監督も同じ眼だ。くよくよした思いなど微塵もない。やりたいことに迷いなく真っすぐ突き進む男たちの心が、眼力としてそこに現れているのだと思う。
この撮影で自分の写真が何か変わったかは今のところ正直分からない。しかし、体の中に湧いてくるような力をもらったことは、確かに感じている。やはり、来てよかった。
真弓悟史/Satoshi Mayumi
フリーのフォトグラファーとしてバイクメディアを中心に活動。雑誌やWEBなどで試乗インプレッションを多数撮影するほか、ライディングパーティでは参加者の走行写真も担当