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青木宣篤のアドバンスド・ライディングテクニック【非セルフステアの世界:Part1】

ライディングテクニックの金科玉条として語られる、セルフステア。バイクが旋回する際にハンドルが勝手に切れるこの特性は、バイクに乗るにあたって絶対的に守るべき現象とされている。ライダーは、セルフステアを妨げないようにするべきだ、と。だが、ある速度域を超えると、セルフステアは弊害を起こし始める。高速域には、セルフステアを押さえ込む「非セルフステア」の世界があるのだ。いったいどのような世界なのだろうか?

【CAUTION】※プロフェッショナルレーシングライダーによる高度なテクニックを紹介しています。読み物として楽しむに留めていただき、くれぐれも実践はなさらないようにご注意ください。

【青木宣篤】
世界GP250cc クラス、500cc クラス、そしてMotoGPで活躍。鈴鹿8耐で優勝経験があるほか、ブリヂストンやスズキの開発ライダーを務めるなど、ライディング経験の豊富さと知見の奥深さは国内随一。

非セルフステアの世界

刺激的なタイトルでしょうか。もっとも基本的であり、極めて常識的なライディングテクニックとして非常によく知られている「セルフステア」に、「非」とは……。 

セルフステアは、バイクが旋回する時、勝手にハンドルが切れるという、二輪車の基本特性です。 

左に曲がる時は左に、右に曲がる時は右にハンドルが切れる。これは二輪車に必ず起こる現象です。 

実際には、例えば左に曲がる時なら、ほんの一瞬だけ右にハンドルが切れてから、改めて左に切れ始めます。「逆操舵」「逆ハンドル」などと呼ばれ、車体が曲がる方向に傾く際、この現象は必ず起こっています。

このあたりの現象は非常に複雑なので、詳細の説明は割愛しますが、左に曲がる時、バイクは一瞬右にハンドルが切れることをきっかけに左に傾き始め、傾くにつれて勝手にハンドルが左に切れていく(右に曲がる場合はその逆)、ということを覚えておいてください。 

さて、皆さんもよくご存知の「セルフステアを妨げるな」という言葉。勝手に切れていくハンドルを腕で押さえてしまうと、曲がるものも曲がらなくなる。だから上体の力をできるだけ抜き、セルフステアの邪魔をするな……というわけです。 

その大事なセルフステアに「非」を付けるとは、何事でしょうか。 

注目していただきたいのは「否」ではなく「非」ということです。つまり、セルフステアを否定するつもりはまったくありません。 

ある速度域までは、セルフステアを妨げないことが非常に重要です。しかし、ややこしいことに、セルフステアによってハンドルが切れることは、車体を起こす動作でもあるのです。これによって旋回中も車体が安定するのですが、ある速度域を超えると弊害が出てきます。 

速度域が上がると、車輪のジャイロ効果などにより、バイクには現状を維持しようとする力が強く働きます。簡単に言えば、まっすぐ進もうとする力です。 

高速で進むバイクを曲げるには、この強い力に抗って車体を傾けなければなりません。しかしセルフステアは、車体を起こそうとしてしまう。

そこで、旋回の初期段階でセルフステアを抑え、バンキングスピードをより高める必要が出てくるのです。紙幅の都合で簡単な説明になってしまいますが、こういう理屈です。

「ある速度域」とはあいまいですが、具体的には「サーキットを走るなら」となるでしょう。今回も念のため「参考にしないでください」という注意書きを入れさせてもらっていますが、実はサーキット走行会に参加するライダーならどなたにでも役に立つテクニックです。 

後ほど詳しく説明しますが、実際には高速域での旋回においてもセルフステアを利用する場面が一瞬出てきます。ですから、繰り返しになりますが、セルフステアを否定するものではありません。セルフステアを殺すことで見えてくる世界もある、ということなのです。

進入は非セルフステア、セルフステアは瞬間的

バイクは、速度が高ければ高いほど安定性が増し、速度が低ければ低いほど不安定になる乗り物です。公道でも、高速道路でのレーンチェンジではどっしりとした重みを感じるはずです。逆に、極低速のUターンはふらつきがちで、怖さを感じるでしょう。 

さて、サーキット走行は非常に高い速度域で繰り広げられるスポーツです。つまりバイクは常に安定しようとしている。直進から旋回に入るということは、強い直進安定性を打ち崩すことに他なりません。 

これは至難の業です。ライダーがイン側に体重移動するだけでは、とてもではありませんがバイクの直進安定性に太刀打ちできません。サーキット走行は基本的に速く走るためのものですから、できるだけ素早く旋回体勢に入りたい。つまり、できるだけ素早く車体を寝かせたい。そのためにもっとも効果的なのは、ハンドルを使うことです。 

先に説明したように、セルフステアは勝手にハンドルが切れることで車体を起こそうとします。一方、ライダーはいち早くバイクを寝かせたい。そこでコーナーへの進入時には、セルフステアを抑えてやります。

極端に逆操舵する必要はありません。切れていこうとするハンドルを押さえるだけ。ハンドルをまっすぐに保つようなイメージです。これで十分に車体を傾ける力が発生します。ブレーキング開始と同時にこれを行うことで直進安定性が崩れ、車体はスパッと傾くでしょう。 

ブレーキングにより十分に車速が落ち、非セルフステアの活用によりしっかりと車体が寝ることで、旋回力が増します。「グイグイ曲がる」という状態ですね。 

しかしいつまでも車体を寝かせていては、そのまま転倒してしまいます(笑)。今度は立ち上がりに向けて車体を起こしていくのですが、そのきっかけ作りにこそ、セルフステアを使います。 

もっとも車速が落ち、もっとも車体が寝ているところで、ハンドルから力を抜く。するとセルフステアが働き、ハンドルがイン側に切れ、車体はスッと起き始めます。セルフステアに任せるのはほんの一瞬ですが、その効果は絶大です。 

そこから先、立ち上がり加速に向けてどうするかは、ライダーやタイヤ、バイク、そしてコースレイアウトによってさまざまですが、基本的にはハンドルはまっすぐ。アクセルを大きく開け、バイクの加速力を使って車体をさらに起こしていきます。 

コーナリングするにあたって、「ライディング=セルフステア」と決めつけ、ハンドル操作をしないのは非常にもったいないですし、そもそもいろいろと間に合わなくなってきます。もっとも効果的に、もっともクイックにバイクを操れる魔法の杖。それがハンドルです。

①:非セルフステア領域  

コーナーへのアプローチは、安定していたバイクのバランスをあえて崩して車体を寝かし、旋回状態に持ち込む場面だ。ブレーキングと同時にハンドルをまっすぐにし、セルフステアを押さえ込む。軽く逆操舵を当てたのと同じ効果が発生し、バイクはクイックに傾き始めるだろう。

②:瞬間セルフステア領域

もっとも車速が落ち、もっとも車体が傾いたところ──ほとんどの場合はコーナーのイン側にもっとも近付くクリッピングポイント──で、腕の力を抜き、セルフステアを発動させる。ほんの一瞬、時間にして0.3秒前後の超短時間だ。これでイン側にハンドルが切れ、車体が起き始める。

③:タイヤ&マシン次第の領域

瞬間的にセルフステアを利用しバイクが起き始めた後のハンドル操作は、タイヤやバイクの特性によるところが大きい。MotoGPでは、ブリヂストンタイヤ時代はさらにイン側にこじっていたが、ミシュランでその操作はNG、といった具合でケースバイケース。ただ、必ず操作はしている。

【マーベリック・ビニャーレス】
天才的な旋回能力を持つスペイン人MotoGPライダー。ヤマハファクトリーチームに在籍しているが、今季限りでの離脱を発表。連続写真は’20シーズン開幕前のマレーシアテストで撮影。

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