操るための体重配分|【青木宣篤のコア・ライテク】
レーシングマシンのシートは、お情け程度の薄いスポンジが貼ってあるだけだ。なぜか。サーキット走行では、ほとんどシートに座らず、尻を浮かせているからだ。さあ、あなたも尻を浮かせてみよう! 新たなスポーツライディングの世界が待っている。
PHOTO/H.ORIHARA, MotoGP.com, Red Bull TEXT/G.TAKAHASHI
モンキーフォームこそがスポーツ走行の出発点
正しいライディングのあり方として、しばしば「人馬一体」という言葉が使われる。バイクと人がひとつになるかのような、調和の取れた走りがイメージされる。実に美しく、全面的に正しく聞こえる言葉である。
だが、ちょっと待ってほしい。まずは「一体」という言葉をしっかり定義したい。文字どおりに「人とバイクがひとつになること」と受け止めると、いろいろマズイからだ。
乗馬において、馬と人がひとつになる場面を想像してほしい。飼育員さんに手綱を引かれて、ゆっく〜りと歩く馬の上に乗っている分には、馬と一体でもいいだろう。
しかし、馬がスピードを上げていったらどうだろう。常歩、速歩、駆歩、襲歩と速度が上がるにつれ、馬の上下動は激しくなる。その背中の上で馬と一体になろうとすれば、跳ね飛ばされてしまうだろう。
競馬のジョッキーを見てほしい。腰を浮かせて背を丸め、前傾姿勢で馬にまたがるあのフォームを。
馬と触れているのは、ほとんどヒザから下、そして手綱だけ。馬の激しい上下動をヒザのクッションで吸収し、自分の体重が馬にかかり過ぎないように抜重している。
あのモンキーフォームのいったいどこが、馬と一体になっていると言うのだ!だから大事なのは、「一体感」の定義である。「一体感」とは、「馬と一緒に動くこと」じゃない。「馬をもっとも操りやすくすること」だ。そうすれば馬が御者の思い通りに動き、結果的に一体感が生まれるのだ。
ここはぜひとも深くご理解いただきたいポイントなので、繰り返しておく。「人馬一体」とは人と馬が一緒に動くことではない。
「人が、馬とは別の動きをしながら積極的に操ることで、結果的に生まれる調和」のことである。
これはそっくりそのままスポーツライディングにも当てはまる。常歩のようにゆっくりと走っているなら、どっかりとシートに腰を下ろしていてもいい。しかし速度域が上がるほどに、そうのんきなことは言っていられなくなる。
減速、旋回、加速の各場面で、バイクの挙動はどんどん大きくなっていく。ちょっとしたギャップにも振られるようになる。そして何より速度が上がるほど、バイクには慣性モーメントが強く働き、乗り手の言うことを聞かなくなる……。
だから私はまず、「尻を浮かせろ」と言いたい。どっかりとシートに腰を下ろしていては、スポーツライディングは始まらない。「モンキー乗り」こそが、出発点なのだ。
ちなみにジョッキーには、体力も筋力も求められる。ライダーも同じだ。
尻を浮かせることで自然と正しい体重配分に
「尻を浮かせろ」は、ふざけているわけではないし、無闇な暴論でもない。当・青木コアライテクでは、「下半身〝パワー〞ホールド」や「肩で押すハンドル操作」を標榜してきた。これらはバイクを意のままに操るために絶対に不可欠な要素だ。
そしてこれらをバイクの上で具体的に実現するためには、体重をどこにどうかけるかが重要になる。その中でももっとも強く意識してほしいのが、「尻を浮かせること」なのだ。
というより、尻を浮かせる動作は空気椅子のように足に力を入れざるを得ないし、ハンドルが前方にあるからには、尻が浮いた分の体重は腕に乗らざるを得ない。尻を浮かせれば、自然と体重は足と腕に配分される仕組みだ。
これが強力な下半身ホールドを可能にし、積極的かつ有効なハンドル操作を可能にする。
実際には「1」だけシートに尻が接するのだが、バイクの上で体が浮くような感覚になるので、慣れないうちは少し怖さを感じるかもしれない。しかし、体の下にバイクがある方が、より正確なマシンコントロールが可能なことに気付くはずだ。
コツは、想像以上にハンドルに覆いかぶさる、前のめりの姿勢を意識すること。「前傾姿勢」を、上体だけではなく全身で表現してほしい。
高速度のバイクを操るのに体重を利用しない手はない
前ページでは「腕5:足4:尻1」が体重配分の基本だ、とお伝えした。するとマジメなライダーほど呪文のように「腕5:足4:尻1」を唱え、常にそれを守ろうとしすぎるあまり、囚われてしまう。まさに呪縛である。
そうじゃない。スポーツライディングはダイナミックなもので、減速、旋回、加速の各場面で姿勢も荷重のかかり方もかなり変化する。それに合わせて……というより、自然と体重の配分も変化するものだ。
常に意識してほしいのは、バイクに乗せられるのではなく、バイクを自分で操る、ということだ。
バイクが直立しているストレートなら、尻を浮かせるイメージを持ちやすい。しかしバイクが寝ているコーナリング中に尻を浮かせるのは、少々難しく感じるかもしれない。
しかし、ブレーキングからコーナリングにかけては、もっともハンドル操作が求められる場面。ただ腕だけで操作しようとするのではなく、腕に体重を乗せれば、より強い効力を発揮させられるだろう。
もっとも重要なのは、「腕から力を抜く」という常識を、いったん忘れ去ることだ。スポーツライディングを志すなら、足に力を込め、腕には力を入れ、さらには体重さえも利用することで、バイクのコントロールに全力を尽くすものなのだ。
状況に応じてダイナミックに変化
例)腕10:足0:尻0
ブレーキングにより前方に慣性が働き、体重が腕にかかる。これを悪いこととせず、むしろ積極利用してハンドルに力をこめて操作し、鋭いターンインをめざすのがスポーツライディングの世界だ。すべてを腕に乗せるイメージで。
例)腕5:足4:尻1
基本とした体重配分の比率は、旋回をベースとしたもの。クリッピングポイントまではハンドル操作を重視するので腕に体重を乗せ続けている。より強い下半身ホールドも意識するから、シートにはドカッと座っていられない。
例)腕0以下:足5:尻5
加速の際は尻に体重を乗せざるを得ないが、ここにも理由がある。加速に耐えるためと、リアタイヤのトラクション性を高めるためだ。逆に腕はハンドルを引くような形になるので、体重が抜けてマイナスになる。